「ひる と よる と ねこ の なきごえ と くるみ の あく」

美しく恐ろしい夜、怖ろしく美しい歌声が闇に響く。

「 昼 と 夜 と 猫の鳴き声 と くるみの灰汁 」

人々は、誰とも知れぬその歌声の主を夢想し、夢の人物に恋をした。

「 蛭 と 依る刃根 子の泣声と 来る 身の悪 」

その歌声の、怖ろしたる所以も知らず―――














その青年が、その村に足を踏み入れたのは、真昼のことだった。
その青年は全身を黒衣で包んでいた。
長いコートの裾が時折吹く生暖かい風にはためく。
残暑である。
しかし、彼には無関係なことであった。
上からも下からも熱気が襲いかかる中、その青年の周りだけは、春の湖水の涼しさをたたえている。
天高く昇り、己を必要以上に主張する太陽も、今回ばかりは分が悪いらしく、いそいそと厚い雲の間に隠れた。
おそらく、日焼けなど知らぬであろう白い肌。
先の細い鉛筆で一本一本丁寧に描いたような黒い髪。
果てしなく広がる水底を思わせる、ぞっとするほど黒い瞳。
うっすらと笑みをたたえた紅い唇。


その青年は、周囲の世界を呑み込む程に、美しかったのだ。














村人が彼の侵入に気づいたのは、9時間後のことだった。
それまで、この世にも美しい黒衣に、誰も気がつかなかったのだ。
その村は、小さな農村で、観光地でもなく、飲み屋は一軒しかない。
そこに、突如現れたのだ。
彼が店に入った途端、全員が呼吸を一瞬止めた。
酒に酔った頭が、一気に冷めていく。

「あの、ある方の家を探しているんですが。」

人々の期待を裏切らない美しい声に、酒が理由ではなく、女従業員が昏倒した。
それにも気付かず、店主は眼をしょぼしょぼさせながら、訛りの強い英語で、
「あんた、誰だ。どこから?」
青年の第一声を完全に無視した。
青年は、困ったような顔をしながら、流暢な英語で、
「職業柄、あんまり名乗れないんですが・・・」
「職業柄?」
信用できねぇ奴には話はできん――と青年の美しさに見惚れながら何とか舌を動かして言う店主。
青年は、うーんと、大して悩んでいなさそうに唸ってから、

「セツラです。セツラ=アキ。」

あっさりと名乗った。
職業柄云々の話は気まぐれに違いない。「セツラ・・・か、東洋人か?」
「ええ。まぁ。日本人です。一応。」
「日本人!!」
こんな美人が日本なんかにいるのか――と周りの客が好き勝手なことを言って騒ぎだす。
しかし、青年、セツラはそれを気にも留めず、
「あの、で、家を探してるんですけど。」
「あぁ。誰のうちだ?」

「トルク――という女性が住んでいる家なんですけど。」


場が凍りつくのを、セツラは肌で感じた。















「 ひる と よる と ねこ の なきごえ と くるみ の あく」

暗く狭い部屋で、一人の少年が歌っていた。
その声は、闇夜の端まで響くほど美しい。

「 昼 と 夜 と 猫の鳴き声と と くるみの灰汁 」

部屋には薄汚れた窓から真珠色の月光が入り、汚れた木の床を照らしている。
部屋にあるのは、角に寄せるようにして置かれた粗末な木のベッドと、中央に置かれた今にも崩れそうな木製の丸椅子。
そこに、まるで人形のように礼儀正しく座る少年。
フード付きのケープも、その下のシャツも,ズボンも、靴も、全て白い。
その純白によって反射する月光で、その少年の周りだけ、かすかに明るい気がした。

「 蛭 と 依ると・・・・・」

ふいに歌声が止まった。
固い靴底が土を踏むかすかな音が聞こえてきたのだ。
少年の体がこわばる。
ゆっくりとイスから立ち上がる。

その時―――

「コンバンハ。夜分遅くにすみません。」

のほほんとした、春霞のようなそれでいて美しい声がドアの外からかかった。
少年は、拍子抜けしたらしく、反応が少し遅れた。

「――はい。どなたでしょうか。」
「セツラ=アキ。人捜し屋です。」

少年は数瞬考えてから、フードをより深く下げ、思い切ってドアを開けた。
「何のご用でしょうか。」
無機質かつ美しい、子供らしからぬ声で、少年は尋ねた。

尋ねてから、息をのんだ。
その青年は、月光を身に受けながら、美しく、黒衣の裾をはためかせ、あえかな微笑みまで浮かべて、そこに立っていた。
少年の、目の前に。

くらくらとするのを何とかこらえて、少年は、再度尋ねた。

「何のご用でしょうか。」
「トルクという方に会いに。」
美しき青年――セツラは、小首をかしげて言った。
「いらっしゃいますか?」
「母――ですか?えぇ。ですが、今しがたやっと寝ついたばかりです。」
セツラは、困ったな――と呟くと、

「また、明日、来ます。」

そう言って去って行った。
後には、少年と月明かりだけが残された。
呆然とセツラの背中を見送る少年。


「私が・・・・怖くはないのだろうか・・・・」


戸惑うように、つぶやくその少年の言葉は、月光に溶けた。













「あんた、本当にトルクのところに行ったのかい?」

翌朝、村の店で早めの昼食をとっているセツラに店主が訪ねた。
店内にいる客全てが、一斉にセツラの方を向いた。
恐れと、慄きに満ちた眼差し。
セツラは、オムレツをスプーンでつつきながら、
「えぇ。お会いできませんでしたが。」
と言い、ついで、箸が欲しいなあ――と呟いた。
店主は眉を寄せて、
「もし、アイツに合うようなことがあったら、この店には来ないでくれ。」
アレは呪われてるんだよ――と吐き捨てるように言った。
「それにあいつの息子。気味の悪い。」
セツラは、スプーンからフォークに持ち替え、フォークからスプーンに持ち替え――と、悪戦苦闘しながらもオムレツを平らげ、

「・・・・・・トルクさんの息子さん。顔に怪我を負っているそうですね。」

のほほんと、いい天気ですね、とでも言うような口調で言った。
「!?」
店主たちの目が大きく見開かれた。
客たちがざわめく。

「僕の国で、そんなこと言ったら、人権侵害で訴えられますよ。まぁ、区外で(、、、)の話ですが。」
「怪我のこと、知ってたのか。」
「えぇ。まぁ。」
セツラは、のんびりとした口調で、
「生まれて間もなく負ったんでしょうね。拾われ(、、、)たとき(、、、)には既にそうだった。」
そう聞いていますが――とセツラは言った。

店主と客との間に、戸惑ったような空気が流れる。
セツラは両手を合わせて、ゴチソウサマデシタ――と言うと、大勢の視線をものともせず立ち上がり、春風をまとってでもいるような軽やかな足取りで去って行った。
















一人の少年が、人里離れた一軒家の庭で、洗濯物を干していた。
太陽がすでに随分と高い所に登っている。
朝方、軽く降っていた雨がやみ、少し遅いかとも思ったが、洗濯をしたのであった。
しかし、いつもなら軽やかに行われるはずのその作業は、どうにも覚束無いようで、さっきから少しも進まないのであった。
少年は、昨夜の青年のことを考えていた.
月光の下に現れた青年。
あれほどまでに美しい男性を、少年は見たことがなかった。
しかも、自分のことを恐れているような感じはなかった。
村の人間は、自分のこの容姿を恐れて近づかないというのに。

少年は自分でも理由の知れぬ大きなため息をついた。
その時――

「コンニチハ。」

背後からかけられた美しい声に、少年は文字通り飛び上った。
「あ・・・・・」
戸惑いながら振り返る少年の、思ったよりもずっと近くに、その美しい青年は立っていた。
残暑を感じさせない、穏やかな微笑をたたえて。

「出直してきました。」

青年はそう言うと、お母さんは?――と尋ねた。
「セツラさん・・・でしたね。母は、今、うちの中に・・・・どうぞ。」
「君にも関係のあることだから。一緒に話を聞いてほしい。」
「?」
「君のお父さんからの依頼だ。君のお父さん――ベイスさんは、いま、日本にいる。」
セツラのその言葉に、少年は息をのんだ。



「本当――ですか?」



すがるようにセツラを見上げるその少年の顔は、黒い仮面(、、、、)で覆われていた。










「――と、云うことなんです。ですから、日本であなたの旦那さんと一緒に暮らした方が。」
「・・・大体のお話は分かりました。」
部屋に通されたセツラは、少年の母親、トルクと向かい合っていた。
トルクはベッドの上で身を起こし、セツラは少年が出した木製の年季の入った椅子に座っていた。
間に置かれた丸テーブルには、少年の淹れた紅茶が湯気を立てている。
少年は、先ほどから、落ち着かないという風にベッドの脇に立っている。
セツラは、顔を伏せたままでいるトルクをそっと見つめた。
純白のシーツと上かけと寝間着。白いカーディガン。
白尽くめ。少年と同じである。
長い金髪の隙間から、やつれた微笑みがうかがえる。

「お話は、分かりましたが、私は、行けません。」
「え?」

思わず、間の抜けた声を上げるセツラ。
やはり――と横で、少年がため息をつく。

「私は、ここから出ていくつもりはないのです。それに――」

もう長くありませんから――とトルクは小さく笑った。

「もともとの体のつくり自体が弱いのです。見ての通り、色々と病にもかかっていて・・・・・・自分で、そうだとわかるのです。」

トルクは、大して気にとめた風もなく言った。
セツラは、しかし、それ以上押し付けることもなく頷く。
「では、息子さんは?」
「私も結構です。」
間髪入れずに返ってきた答えに、戸惑いつつもセツラは、
「でも、まだ・・・お若いでしょう。」
「いいんです。母が受けないのなら、それで。」
まっすぐに視線を合わせて告げる。
まだ、18かそこらであろう。

全身白尽くめの少年は、その仮面だけが黒かった。
同色で装飾がなされ、シンプルなつくりだが、美しかった。
顔の上半分のみを覆うものである。

少年は、うっすらと口元で笑うと、
「わざわざ、こんなところまで、ありがとうございました。」
「いえ。仕事ですから。」
「父に――よろしくお伝えください。」
「わかりました。」
茫洋と答えるセツラに頭を下げた。
セツラはふと、
「そう言えば、名前を聞いていませんでしたね。」
お名前は?――と小首を傾げた。
少年は、失礼しました――と言うと、

「メフィスト――と言います。」

と名乗った。











その後、しばらく話をして、トルク家の今の金銭面での厳しい現状についてや、村の人の待遇などについても聞いた。
セツラは、
「また、気が向いたら、ご連絡ください。彼は、待っている、といいました。」
そう締めくくった。
トルクは、深々と頭を下げた。

気がつくと、もう、ずいぶんと日が傾いていた。
西に高い山が並ぶせいか、日の入りが思ったより早い。
今夜はどうするおつもりですか?――というメフィストの問いに、せつらが、決まっていないと正直に話すと、
「じゃあ、もし、よろしければ、今夜はここに泊まっていっては?」
ココは宿泊費がかなりかかるでしょう?――と苦笑いした。
「こんな小さな村ですから、宿泊施設なんて言えるものは一つしかないので。」
「ぼったくりだな。」
実際、昨夜泊った時は相当金を取られたのだ。

「じゃあ、お礼に、お手伝いでもしよーか。」
「え?」

メフィストがセツラの言葉を理解する前に、せつらは外へ出て、洗濯物を入れ始めた。

「!?客人なのですから、そんなことは・・・・」
「いーから、いーから。」

鼻歌でも歌いそうなかんじで、セツラはどんどん洗濯物を取り込んでいく。
そんなセツラをあっけにとられたように眺めてから、メフィストは、
「・・・・・いつまで、此処に?」
「んー、飛行機のこと考えると、3日後くらいには。」
「そうですか・・・・・」
少し声のトーンが落ちる。
「どうしたの?」
「いえ、お客さんなんて、久し振りで・・・・・」
苦笑してごまかすメフィストをちらりと見て、

「じゃ、3日間、お世話になろうかな。」
「?」

セツラはにっこりと笑って、
「お邪魔かな?」
と、“可愛らしい!”と万人がうっとりするような仕草で、小首を傾げる。
「いいえ。」
と、メフィストは嬉しそうな声を上げた。
仮面に覆われていない口元が可愛らしく笑みの形をとる。
仮面をする必要のない状態でさえいたら、もしかしたら、けっこうな美少年なのかもしれない、とセツラは思った。










夜――。

セツラは、再び村の飲み屋に足を運んだ。
客たちが、一斉に振り向く。
「おい、あんた。」
何事もないかのように、カウンター席に着くセツラに店主が声をかけた。
「悪いことは言わない。トルクのところとかかわりあうのはやめろ。」
しつこいなあ――とセツラはぼんやりと思いながら、
「なんでですか?」
一応聞いてみることにした。
すると、店主は大真面目な顔で、
「占いだよ。」
「は?」
占いだ占い――と店主が繰り返す。
「・・・・占い?」
あっけにとられてセツラが聞き返す。
「「占い。」」
ほかの客たちが復唱する。
なんとなくその迫力に圧倒されて黙っていると、店主はセツラが“なるほど”と納得したとでも思ったのか、どんどん話を進める。
「こんな廃れた村が、何で、何百年も原形をとどめていられたと思ってる?この村にはよ・・・セイゲン様がいるんだ。」
「セイゲンサマ?」
そうだ――と、なぜか自慢げに踏ん反り返る。
「セイゲン様はな、そりゃぁ、この村では一番の魔術師で、占いが最も得意なんだ。この村をお護りくださっていて、いろいろと予言もなさる。して良いこと、悪いこと、季節の行事。服装とか・・・」
「服装?」
「ああ。色とか。生地とか。」
そりゃ制限(、、)サマなんじゃないのか――とか日本人にしか通じないことを思ったが、セツラは黙って聞く。
「そのお方がだな・・・・・・」
「トルクさんはよろしくない、と。」
「そのとおりだ!」
なぜだか自信満々の客たち。
よほど、その“セイゲン様”とやらに心酔しているらしい。
そんな村人をぼんやりと見渡すと、何を思ったか、美しき黒衣の青年は、
「あのー。セイゲンサマって、何処に行けば会えるんですか?」

と、やらかしたのであった。











「よく来た。客人よ。」
「はぁ。」

えらそーだな――と思いはしたが、村人からあれだけ心酔されていれば無理もないことであろう。

村の様子からは想像もつかない程に贅をこらした豪邸。

セツラは“セイゲン様”の自宅にいた。

村人たちは、セツラがセイゲン様に感動したのだと思い込んで、大喜びで自宅の場所を教えてくれたのである。


「いや。しかし、なんという美しい男じゃな。もっとちこう寄れ。」

「はぁ。」
セツラは嫌そうに一歩だけ近寄った。
しかも小股である。
しかし、セイゲン様は満足したらしく、ふふんと鼻を鳴らして、セツラの美しい顔に見入った。

(正直、これはどうかと思うぞ)

セツラは胸の中でひとりごちた。
何に対してかというと、目の前の男“セイゲン様”に対してである。

目の前の大仰な装飾の馬鹿でかい椅子に座っている“セイゲン様”は、お世辞にも聖人とは言い難かった。


でかい顔に小さな目。薄く短いたれ眉。よく喋りそうな大きく分厚い唇。小ぢんまりとした団子花は赤いし、たるんだ顎は首との境目さえ分からない。
これは、もともとの顔だから内面の清らかささえあれば、どうとでもなるのかもしれない。
しかし、この“セイゲン様”。顔全体から、いわゆる“ヤクザの中でも一生下っ端”ちっくな、内面のいやらしさが出ているのでアウトだ。村人の食事生活からは考えられないほど太っているし、その上、短く刈った髪を七色に染め分けている。
極めつけに、その塊が、極彩色のたっぷりとした衣装を身につけているのだ。


これを聖人だという奴がいたらひっぱたいてやりたい――とセツラは思った。

「あの、村の方からセイゲン様は素晴らしいって聞いたんですが。」
この青年が言うと、さして興味もなさそうに聞こえてしまうが、そこは外見がばっちりフォローしてくれた。
「おお。村人たちか。よく分かっておるな。」
セツラは宙を仰いだ。
「私が、この村を護っているのだ。聖なる力をもって、な。」
踏ん反り返るセイゲン様を茫然と見守って、こりゃ詐欺師だ――とセツラは嘆いた。

「私の力は絶対だ。」
「はぁ。それはそれは。」
「私の指示に従っておればすべてがうまくいく。みな、長生きをする。」
「なるほど。」

もお、何でもいいや――と、セツラはどうにかして話を切り上げようと画策していると、
「そなた、今夜はここに泊っては?」
下卑た笑いを顔中にしみわたらせてセイゲン様が身を乗り出してきた。
きましたヨ――と思う間もなく、
「いや、遠慮することはないのだ。部屋ならたくさんあるしな。」
欲情丸出しの顔と声で偉そうに言う。

「あー、もう、泊まるところは決まっているんで。」
「なに!!?」

セイゲン様は今度は大きくのけぞった。

「それじゃ。貴重なお話ありがとうございました。とっても胸にしみました。」
胸に手を当てるサービスまでして、極力神妙そうに頷いた。
「ま、まて!!」
「はい?」
「君は…村の宿泊施設にはいかないほうが良いと出ている!今、予言が降りてきたのだ!」
んな滅茶苦茶な――とあきれ返ると同時に、しめしめと、

「今夜は宿泊施設ではありません。」
「なぬ!!?」
「トルクさん家に泊まることになってますから。」

今度こそさようなら――とセツラはさっさと出て行った。

その後ろ姿を、“セイゲン様”は口惜しそうに眺めていたが、ふと、傍らに置いてあった宝石をちりばめた受話器をまるまっちい手で持ち上げると、

「トルクの家へ。客人に害をなす者どもだと村人に伝えよ。武器になるものをもっていかせろ。」

早口で怒鳴りつけたのであった。









セツラは少し、早足でトルクの家に向かっていた。
もう、すっかり暗くなってしまっていた。
「心配してるかな。メフィスト君。」
と、その時――
「?」
前方、トルクの家があるところあたりに、松明の明かりがいくつも見えたのである。
何やら、怒鳴る声も聞こえる。

「あンの虹色オヤジ・・・・」

茫洋と、しかし、どこか苛立ちを含ませてつぶやくと、セツラは走った。











「出て来い!!」
「化け物ども!!」
「あんな綺麗な人を、どうするつもりだ!!」

集まった人々の口から、次々と怒鳴り声が上がる。
漆黒の闇に包まれた森。赤く揺れる松明。響く声。
どこか、夢の中にいるような心地と、セイゲン様という後ろ盾が、彼らに勝者の陶酔感を与えていた。
中にいる奴らはどんなに震えあがっているだろう――と村人たちは心中でにやけた。

その時、

「やめたまえ。」

村人たちは、一瞬息をのんだ。

ドアが開き、白い影が現れた。
赤い松明の中でさえ、その姿は白かった。
フードの奥にきらめく黒い仮面。

「近所迷惑だ。」

重々しい声で言い放った。

村人たちは、気を取り直し、
「近所迷惑だと?周りにゃ、一件も家なんか立ってねぇじゃねぇか。」
イキがんじゃねえぞ餓鬼――とやくざ顔負けの迫力で言った。
しかし、白い影――メフィストは
「わからないのかね。この森には、たくさんの住人たちがいる。」
ゆっくりと辺りを見回した。

「うるせぇ。わけのわからないことを・・・・」
「そんなに大きな声を出さなくても、聞こえる。」

煩わしそうな言い方に、村人たちはいきり立った。

「テメェ、この町で生まれたわけでもないくせに・・・・」
「セイゲンも、外の出だ。それに、私は外で生まれたとは限らん。中の人間が捨てたという可能性もあるだろう。」


村人たちの間に、動揺と怒りがわきあがった。

「おまえ!!セイゲン様を・・・・呼び捨てに・・・・」
「何と呼ぼうと、個人の自由だ。軽蔑している人間に、様をつける義理はない。」

メフィストは一歩前に出た。

村人たちが、一歩引く。

「客人――セツラさんに、害をなすと言ったのは、セイゲンか?だとしたら、いい機会だ。このまま放っておいて、本当に害が出るのか、試してみたらどうだね。そうすればセイゲンの詐欺がハッキリとわかる。」
黒い仮面からのぞく、漆黒の瞳が松明にきらめく。
「なにを・・・」
とにかく――とメフィストは遮った。
「今夜はもう遅い、闇の住人たちも、そろそろ我慢の限界のようでな。この森に、それほどの明かりを持ち込むなど――愚かしいマネを。」

メフィストは、バサリとケープを翻した。


「お帰り願おう。」










迫力に気おされて逃げ帰っていく村人たちを冷ややかに見送って、メフィストは家に戻ろうと踵を返した。
その時、

「うーむ。ナルホド。」
「!?」

黒い影がひょっこりと木の蔭から現れた。

「素はああなんだね。こりゃ、びっくり。」
「せ、セツラさん・・・・・・」
感心した風のセツラと慌てたメフィスト。
セツラはトコトコとメフィストに近づくと、
「その歳であのしゃべり方か。うーん。」
「あ、あの・・・・」
メフィストはワタワタと何とか弁解しようと試みる。
しかし、セツラは、

「いいんじゃない?」
「は?」
「かっこいーよ。」

にっこりと、天使さえとろかすような笑顔を見せた。
メフィストは慌てて眼をそらす。
この青年の前だと、どうにも素の強さが出ないらしい。
仮面をとれば、その頬は赤く染まっているのかもしれなかった。


「部屋へ。冷えます。」
「ん。ありがと。」


二人は、明かりの仄かにともる家へと入って行った。












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