**初めに**
説明文の「メッフィー」について。
Novelのみを見に来て下さっている方には、お初にお目にかかると思います。
Galleryページの方で出てきているオリジナルキャラクターになります。
詳細は、Galleryをご覧くださいませ。
この日は、ほんの少し特別な1日となった。
「よ、藪医者」
ノックもなく開かれた院長室の扉から、漆黒の青年はヒョイと顔をのぞかせた。
メフィストが声を掛けようと口を開きかけると、青年の足元から、白い影がもう1つ。
青年の膝丈程の身長に、クリッとした大きな瞳。
サラサラとした黒い長髪と、純白のケープ。
この街の者なら、誰もが知っている或る医者に似た風体。
しかし、その流れる黒髪の合間から生える、もったりとしたウサギの耳――
この街でも見かけないであろう小さな生物は、この街では決して取れない行動に出た。
「やぶ!!」
とててて――と拙く走り出した小さな影は、メフィストまで駆け寄り、そのまま純白のケープに飛びついた。
「これはこれは。ようこそ、メッフィー」
白い医師は、寧ろ穏やかな声で、その小さな来客を歓迎した。
このウサギ。
見た目は正しく魔界医師であるのに、何故かウサギの耳と足と尻尾を持っている。
ひと月ほど前、突然せつらの家に突然あらわれた。
何だかんだあったものの、結局せつらの所に居座っている。
ぽすんとメフィストの腕におさまったメッフィーは、もう一度、やぶ、と大好きな医者の名を呼んだ。
そのほほ笑ましい情景を、正反対の表情で見つめながら、せつらはゆっくりと歩いて来た。
「全く……何処で躾を間違えたのかなぁ」
必要以上にメフィストに懐いているメッフィーに首を傾げる。
「嫉妬かね?」
「アホぬかせ」
べ、と下を出すせつらに、メフィストは愛おしそうに微笑む。
「3人出そろうと、正しく、よい家庭の見本と言ったところか――」
ふと、聞こえてきた新しい声の方を振り向くせつら。
「お前もアホぬかせ。流石はダミー……言う事が“主”と同じだ」
「「それは、お褒めの言葉と言うことかね?」」
二つの酷似した、輝くような声が、綺麗にシンクロする。
「……」
ダミーは、閉口するせつらに緑茶を、そしてメッフィーにはオレンジジュースを出した。
「お前、こう言うトコまめだよね」
「君は私よりダミーへの方が、対応が優しいな」
「僕に言いよって来ない分、ダミ子の方がいいね」
「……」
それより――と、せつらはメフィストを指差して言った。
「と言う訳だから、夕方まで戻るから、それまでよろしく」
「訳、と言うのがどの部分にあったのかは兎も角、承知した」
「僕だってお前に借りを作るのは、すこぶる面白くない」
「ふふふ。しかし、それを曲げてまで頼みに来るとは――」
全く君も親バカだな、とメフィストはクスクスと笑った。
「君が羨ましい限りだよ、メッフィー?」
「?」
膝に入ったままジュースを飲むメッフィーの頭を優しくなでながら、メフィストは呟いた。
「お前こそ、何か僕の前より、いい奴に見えるね」
「私の愛情を素直に受け止めてくれる分、だな」
「……」
「まあ、安心して仕事に専念してきたまえ」
せつらは、副業の関係で今日1日、家を――と言うより<新宿>を空ける事となった。
その留守中、メッフィーを預かって欲しいと頼まれたメフィストは、快く承諾し、この様な状況に至る。
この状況に快く思っていないのは、実はせつらだけであり、メフィストとメッフィーはどちらかというと楽しみにしていた。
その事にも不満のあるせつらは、早く終わらせようとさっさと出かけて行った。
「さて、メッフィー。私はこれから回診に行かねばならないのだが――」
せつらが出て行った後、ずっとケープの裾を握ったままくっ付いて来る小さなウサギに、メフィストは苦笑しながら呟いた。
しかしメッフィーは、何か言いたげに見上げるばかりである。
そんな2人を見ていたダミーは、クスリと笑った。
「主も、おモテになる」
「全くだ。振り向いてくれぬのは本命だけだな」
「メッフィー。暫くは私が、主の代わりに此処に居るが――」
ダミーのその言葉に、メッフィーは不思議そうにダミーを見上げ、カクンと首を傾げた。
ワンテンポ遅れて、ぬいぐるみの様な耳が、もたりと動く。
ふむ――と、メフィストは優雅な動きでしゃがみ込み、メッフィーと目線を合わせた。
白い繊手が、ぽふりとウサギの頭をなでた。
「では――今日は、ワルよろしく、仕事をさぼってしまう事にしよう」
「?」
「はて?」
ダミーとメッフィーが、同時に疑問の表情を浮かべる。
「医者としては、最低だが――今日は目立った病状の患者もおらん」
そう言って、隣に立つダミーを見上げるメフィスト。
言われるままに、回診予定患者のリストを頭で確認するダミー。
「まあ、急患が無い限りは、今の所は……」
主が何を考えているのか、今一つ分からないダミーは、曖昧な言葉で応えた。
「その急患があったとしても、君ならば心配はなかろう」
「……は?」
いよいよ訳が分からない、と首を傾げるダミーに、メフィストは美しい微笑で言った。
「今日1日は、君に任せよう」
その代わり、私はお休みだな――と、メッフィーの方へ視線を移す。
「さて。パパに内緒で、デートにでも行こうかね?メッフィー」
メフィストの言葉に、嬉しそうにウサギの耳がパタパタと動く。
初めて校則を破った学生の様に、楽しそうに笑うメフィスト。
初めて貰ったプレゼントの包を開けていく子供の様に、そわそわするメッフィー。
そして、初めて父親に認められた息子の様に、期待と不安に震えるダミー。
そんな事は知る由もなく、何となく仕事に集中できないせつら。
この日は、各々に、ほんの少し特別な1日となった。
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