「ねえねえ、恭弥!見てください!!」
騒々しい音と声を上げながら、骸は応接室の扉を開いた。
視線を巡らすことなく、真っ直ぐに正面のデスクへ向ければ、予想通りの顔が骸を見ていた。
「君、もっと静かに入ってこられないの?髪型も存在も煩いね」
雲雀は、書類をデスクいっぱいに広げて書き物をしているところだったようだ。
「恭弥の顔が見られると思うと、制御が利かなくなるんですよ」
「じゃあ、今度からは僕が制御してあげようか・・・これで」
チャキリ、と一瞬で構えたトンファーが鈍く光る。
「どうせなら、君の腕の中に受け止められたいです――って、そうじゃなくって、ですね」
挨拶もここまで、と骸は本題に入った。
掛けていた学校用のショルダーバックを漁り始める骸に、立ってないで座りなよ、と雲雀がソファをすすめる。
「これ、さっきコンビニで買ってきたんです」
ソファに座りなおして、骸はビニール袋を取り出した。
「何?また、下らないもの買って来たの?」
隅の電気ポットからお湯を出しながら、雲雀が呆れたように呟いた。
「あ。お構いなく――下らなくないですよ」
「別に、僕が飲みたいからいれてるだけだよ――まあ、君ほど下らなくはないかな?」
インスタントだし、と出された紅茶の香りが、ふわりと骸の鼻腔をくすぐる。
自分の分を手にしたまま、雲雀は骸の向かい側へ腰を下ろした。
どうやら仕事は一時中断となったようだ。
「ありがとうございます――恭弥も好きですよ、絶対!!僕の次くらいに」
そういいながら、骸はビニール袋を逆様にした。重力に従って、テーブルの上にカタンと薄い箱が落とされる。
「ちょっと、君。普通に出せないの?」
「――?何がです?ほら、見てください、これ」
骸は空になったビニール袋を適当に手放して、出ていた箱を雲雀に見せた。
見慣れたデザインが、金色基調で装飾され、ちょっとだけ特別感の増したチョコレートの箱。
隅に書かれた「冬季限定」の文字が、特別デザインの理由を明確に表している。
「冬季限定のマカダミアですよ!!メルティーキッス仕立てですよ!!」
“メルティーキッスの口どけ…”なんて、もう、買うしかないじゃないですか!!と、骸は自慢げに言った。
ところが、向かいの雲雀は、呆れた溜息を一つついて、立ちあがってしまう。
「あれ?気にならないんですか?恭弥だって、甘いの好きでしょう?」
僕の次に――と雲雀を視線で追う骸。
雲雀は骸の戯言にも無反応のまま、仕事をしていたデスクへと向かう。
「え、仕事するんですか?僕は無視ですか?」
放置プレイですよ!――と騒いでみるも、雲雀はちっとも反応を示さない。
骸が唇を尖らせて雲雀をにらみつけると、彼はデスクの引き出しから何かを取り出した。
「・・・・?何です――かっ!!?」
言葉の途中で驚きの声に変わった骸に、雲雀は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
骸は、目を丸くしながら、慌てて雲雀のもとに駆け寄った。
「ああああ!!」
「ちょっと・・・耳元で大声出さ――」
「もう、もう!!恭弥はホントに意地悪いです」
「君が間抜けなだけだよ」
そういいながらも楽しそうな笑みを浮かべる雲雀の手には、全く同じチョコレートの箱。
「ついでに言うと、アーモンドの方もあるよ」
「ええっ!?僕が行ったコンビニでは、そっちは、売り切れてました」
もう、雲雀君には敵いません――と言いながら、すでに封の切られた2つの箱を見下ろした。
「で?――味はいかがでした?」
拗ねた声で尋ねると、雲雀はクスクス笑いながら、マカダミアの方を箱から取り出した。
「“メルティーキッスの口どけ…”って感じだったよ?」
唇にチョコレートを当てながら囁く雲雀に、骸の中でぞわりと何かが蠢いた。
食べてごらんよ――と低い声で呟く言葉と矛盾して、雲雀はチョコレートをそのまま自らの口の中へ押し込んだ。
その、白く骨ばった指。柔らかな唇。そこに浮かんだ楽しそうな微笑。
ごく近いところで動く世界から、骸は目が離せずにいる。
その世界が不意に、ぐっと狭く、より至近距離になった。
頭を力任せに引き寄せられたのだと、ワンテンポ遅れて理解するころには、骸の視界から雲雀の表情は消えていて。
代わりに、頬をくすぐるサラサラとした感覚と。
唇にふれる心地よい感覚と。
口内に広がるふわりとした苦さを含んだ甘味。
「ん・・・っ」
ざらり、と柔らかい舌が口中を愛撫してから、ゆっくりと離れていく。
残ったのは、とろりとした甘さと、ころころと転がる木の実。
「どう?」
ペロリ、と赤い舌で唇を舐めながら、雲雀が呟いた。
この男は――と、頬に熱が集まってくるのを感じながら、骸は再び口を尖らせた。
口の中では、噛み砕いたマカダミアがチョコレートの残味と混ざり合って、特有の後味を広げていた。
これも、冬季限定なのだろうか――?
そんなことを思いつつ、骸はフイとそっぽを向いた。
まったく、君という人は――と、もう一度心中で囁いて。
「・・・どうせなら、アーモンドの方がよかったです」
骸は、精一杯の仕返しの言葉を呟いた。
めちゃくちゃ商品名出しちゃってますが・・・(笑)
久々の1869.某チョコレート(今更伏せる意味無)食べながら、ふと思いついたので・・・・。
因みに烏兎はマカダ派。(訊いてない)
冬は骸に優しい季節ですね。。。
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