その話題を振ったのは、ほんの気まぐれだった。
彼の部屋で、彼の淹れてくれたコーヒーの香りに、くすぐったいような心地になっていた時に、ふと思ったことだった。
「ねえ、雲雀――」
声をかけてから、彼が読書中であったことを思い出し、思わず慌てる。
読書中に話しかけられることを、あまり好く思わない彼だ。
「なに?」
咬み殺されるかな、と思ったが、思いのほか機嫌は好いようで、深紫の瞳は普段の彼のものだった。
「あ、いえ。・・・すいません。邪魔でしたか?」
「いいよ、別に。それより、何?」
「ふと思ったことなんですけど――」
そこまでいったところで、彼の眉間に皺が寄った。
「な、何でそこで顔を顰めるんですか」
「君が“ふと思”うことは、リアクションが取りにくいことばかりだからね」
そう言いながらも、彼は読みかけの本を閉じ、こっちへ来なよ、と自分の横のスペースを叩いた。
「で?」
命令通り、彼の隣りへ腰を下ろしたところで、話の先が促された。
「今ここで、雲雀の淹れてくれたコーヒーを飲んでることを、雲雀はどう考えるのかな、と思いまして」
「・・・・何それ」
「あ、リアクション取りにくいですか?」
「・・・まあ、悪くないよ?――恋人なんだしね」
「僕も幸せです――って、そういうことではなくて、ですね」
「じゃあ何?」
「そうですねぇ・・・僕と雲雀が、こうして出会って、恋人になって、コーヒーを飲んでいるこの状況は、
偶然か必然か――ということです」
「それって、ちょっと古い議題じゃない?」
なんだ、と言いたげな顔をして、彼はコーヒーを口に運んだ。
「一般的に、色々言っといて、結局『そんなことは関係ない』とか言うんでしょ?」
「まあ、そうですけど――」
彼曰く「一般的」な回答が、何処からどのように導き出されたのかは、敢えて聞かず――。
その代わりに――必死になる事もないのだが――何となく食い下がってみることにした。
「ほら、僕の場合、輪廻転生した記憶がある訳で――」
「そこは、この場合関係ないと思うけどね」
「意外と思考速度が速いですね」
「莫迦にしてる?」
「してると思います?この僕が」
「うん」
「それでですね――」
「ちょっと」
「結局、雲雀はどう思いますか?」
上半身ごと彼の方を向いて、ジッと彼の瞳を見つめた。
逸らされるかと思った瞳は、しかし真直ぐ見つめ返してきた。
暫くの沈黙――。
彼の瞳は、なんて深いんだろう・・・などと思う。
ふと。
「偶然じゃ、ない方がいい」
「え?」
「必然――っていうの?そういう方がいい」
「そ、そうなんですか」
「何?不満?」
「い、いえ。でも、どうしてそう思うんです?」
「君は、自分の力で手に入れたと思いたいからね。偶然だなんて、安すぎるでしょ」
まったく、この人は――と思わず頬が熱くなる。
「君は、どう思ってるの?」
彼は、瞳を逸らさぬまま、そっと呟いた。
「うぇ?」
「・・・下」
「そうじゃありません」
「どうなの?」
「えっと・・・僕は、ですね――」
思わぬ反撃に、少し詰まった。
「僕は・・・雲雀と違う方にします」
「・・・同じじゃないの?」
「ええ。偶然、です」
「君。さっきの僕の話、聞いてた?」
「はい。でも、偶然、ということにしておきます」
「どうして?」
「必然も偶然も、どちらも僕たちの味方にしたいから――ですかね」
「・・・・」
彼の瞳が、ふっと大きく開かれた。
きっと、頬も、少し前の自分と同じように変わるだろう。
「自分から訊いといて、そういうこと云うんだ」
「・・・すいません」
「でも・・・」
「?」
「きっと、皆おんなじようなこと考えて、結局おんなじような答えになるのかな?」
「・・・そう、かもしれませんね」
「結局、『そんなこと、今の僕らには関係ない』――よね」
「そう、ですね」
思わず微笑むと、それ反則、と彼の唇が額に触れた。
「やっぱり、必然がいいな」
「クフフ。じゃあ、そういうことにしておきます」
「うん。そうしておいて」
今度はこちらから唇を重ねると、僕らってバカだよね、と彼が言った。
「今更ですよ」
そういって、照れた笑みを隠すように、2人して冷めかけたコーヒーを口に運んだ。