降りしきる雨の中。
水を吸った漆黒の傘の下。
 
好きだったのだと告げた。
 
彼の事を好きだったのだと、そう告げた。
 
それでも――
 
全てを知った今でも、何を今さら、と彼は言うだろう、と。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
思えば、自分から彼に触れたことなど、一度も無かった。
 
それが始まったあの瞬間、自分は拒まなかった。
 
僕の肩を優しく掴んで、ソファの上に横たえて、そして、そのまま、口付ける。
ただ、それだけの行為。
僕は、何もせず、何も言わず、上に覆いかぶさった彼を見た。
そして、彼が何も言わず、何もとがめず、そのまま触れてくるから――
 
それに甘えた。
 
ただ、それだけのことだった。
 
 
 
 
急速に近づき始めた僕らは、互いの着地点を見失って、ものの見事に転がった。
 
彼の何に触れ、
彼の何を知ろうとし、
彼の何を手に入れたのか、
 
それを知るのが怖くて、
考える事すら恐ろしくて。
 
ただ、僕は知っていた。
こんな行為を繰り返すほど、彼は、僕の事を好きではないだろう、と。
 
それでも、僕はこの行為に縋っていたかったのだ。
 
 
僕を組み敷く彼の姿は、別の生き物化のように綺麗だった。
そう告げても、彼は曖昧に笑っただけだけれど。
 
日頃、僕の事を殺意でしか見ないその瞳が、別の色を湛えて。
何も言わなくてもいいと、そう、彼の黒が告げるから。
これが、本物だったら、どんなに、どんなにいいだろうと、考えて。
 
 
熱を帯びたその瞳が綺麗だと思った。
濡れた漆黒の髪に触れたいと思った。

愛されていると、欲しがられていると、身体は勝手にそう理解した。
身体は、これは嘘ではない、と。

それなのに。


僕は、きっと、彼を知りたいと思ったことなど、一度もなかった。



一度もないと、思っていた。





傘から離れたその3年後。
貴方が傘を差し出してきた、その瞬間まで。
 
 
 
 
 
あの傘の下、貴方が何を考えていたのか、貴方が僕をどう思っていたのか、貴方に僕はどう見えていたのか。
この傘の中、貴方が何を考えているのか、貴方が僕をどう思っているのか、貴方に僕はどう見えているのか。


何故今知ることができたのだろうと、僕はおそらく、生まれて初めて、神の存在を信じそうになっている。


 


よく晴れた空。
あの日と同じ、傘の中。




全て知りたいのだ、と貴方は告げる。


僕が貴方を疑うたびに。
僕が貴方を逃すたびに。
僕が貴方を偽るたびに。


愛しくおもった理由。
離せなくなった理由。
知ろうと思った理由。




今、あの時の後悔を告げたら、何を今さら、と笑うだろうけど――と。




 


「君は知らないだろうから」

 


よく晴れた空のもと、場違いな漆黒の傘の中。
僕の腕を掴んだこの手が、こんなにも心地よいものだったなんて。


 

「僕が、君をどんなに好きなのか」


 
 


 


それを、全て知る事が出来たなら……



傘の続編。
3年の間に、何があったの・・・というぐらいのヒバリさんのすがすがしさ・・・。


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