止めてください。
貴方だったら、できるでしょう?
止
「ねえ。どういうつもり」
「・・・」
屋上で、2人は向かい合っていた。
片方はにこにこしながら緑色のフェンスの上に座り、片方はそれを不機嫌な顔で見上げた。
「聞かれていることがよくわかりませんが?」
「かわいそうな頭だね」
「・・・・」
「まあ、いいよ。分かりやすく聞いてあげる」
何を思ってこんなことをしているの――――
彼のその問いに、かれは少し考えたようだったが、
「どうしてでしょうね」
と笑った。
「自分で分からなくてこんなコトしてるわけ」
「ええ。僕には僕が何でこんなことを繰り返すのかよくわかりません」
かれは相変わらずにこにことした表情を崩さず、不思議そうに小首を傾げた。
「よくあることですから、気にしないでください。じきに、止まると思います」
「・・・前にもあったの」
ここ最近はなかったんですが――と彼に微笑む。
彼は、白い己の指を折りながら、
「中国の弱小ファミリー2つ。同じく中国の情報屋3つ。イタリアの中小マフィア1つ。日本の情報屋1つ」
この2週間で、だいぶ殺ったね―――
そう、不機嫌そうな顔のまま、無感動にかれに言った。
「・・・・ええ。こんなに短期間に動いたのは久しぶりです」
「君の感覚が分からないからね」
「今回は、比較的新規のマフィアと、情報屋ばかり狙いましたから。大した労働ではありませんでしたよ」
彼はますます不機嫌そうな顔になり、
「僕は、君が、少し、分からない」
かれは、ほんの一瞬微笑むことをやめた。
「はい。そうでしょうね。僕にも、僕が分かりません」
すぐに元の微笑をたたえるかれを、じっと見つめて、
「・・・・やり方が気に食わない」
彼は、溜息をついた。
「君は、もっと、頭のいい男かと思っていたけれど・・・真正面から突っ込んで皆殺しなんて、君らしくもない」
「・・・・僕らしく、ありませんか」
「少なくとも、僕が咬み殺したい男のすることじゃない」
かれが目を伏せる。
彼が顔を上げる。
「とにかく、そこから降りた方がいい」
「―――僕が、落ちるとでも?」
「落ちるんじゃなくて、飛び降りるんでしょ」
かれは、少し驚いたように目を見開いて、
「――そう、思いますか?」
「ここは、さほど高くない」
「?」
「そこから飛び降りても、多分死なない。苦しむだけだ。だから、君はとびおりる」
「君は――」
君はとても面白い事を云いますね――
かれは物憂げに笑った。
彼は、ゆっくりと目を細めた。
「ねぇ、何を君はそんなに苛々してるの」
「・・・・そう、みえますか」
誰が見たってそう見えるよ――と、彼は再び溜息をついた。
「周りに当たり散らして、自分を脅して追い詰めて、何がしたいの」
「・・・わかりません」
かれは彼を見つめた。
「強いて言うなら、止めてほしい――のでしょうね」
彼は、少し驚いたような顔をして、かれを見つめ返した。
「僕はきっと、死にたくない」
「――なに。それ」
「僕は、今まで、死に対する恐怖が希薄でした」
かれは、フェンスに座ったまま、足をぶらぶらとさせた。
「僕は、死んだって、その先が訪れることを知っている」
足がフェンスに当たって、ガシャガシャと耳障りな音を立てる。
「何回でも訪れることを僕は知っている」
足が当たるせいで、フェンスが大きく揺れる。
「でも、今、僕は、きっと、死ぬのが怖い」
更に、足を大きく揺らす。
「死んだその先で、この記憶が消えてしまうと云う事が、怖い」
フェンスの音が、揺れが、大きくなる。
「僕は、全てを忘れた“この次”の訪れが怖い。それならいっそこの輪廻を止めてほしい」
かれは自嘲気味に大きく笑って、上と下を指差した。
天国と地獄。
「僕はどっちに行ったって、そんなことはどっちでもいいんです」
彼は、かれの指の先を見た。
上を見ると青空で、下を見るとコンクリートで。
「ただ、忘れてしまうのが、怖いだけ」
その事実が許せないんです――と、かれはフェンスから華麗と言っていい程の身のこなしで屋上に飛び降りた。
彼は、そんなかれを不思議そうに見つめて、
「君は、世界が嫌いじゃなかったの」
「嫌いですよ。大嫌いです」
「ならどうして、記憶をとっておきたいの」
「――それは・・・」
かれは、にこりと、ひどく悲しそうに笑って、
「どうしてでしょうね」
『貴方を忘れたくない』
止めて下さい。
貴方になら、出来るでしょう?
今までの中で、一番分かりにくく、実は、一番最初に書いたもの。
白状すると、このシリーズに入れるつもりはあまりなかったりしたんですけど・・・
他に行き場も無かった。
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