降りしきる雨。

その傘の下。

僕の事が好きだったと彼は言った。

僕が愛を告げるたびに。
僕が愛を動かすたびに。
僕が愛を見せるたびに。

僕の事を愛しくおもったのだと。
僕の事が離せなくなったのだと。
僕の事をたくさん知ったのだと。


『僕は、愛してたんです』


それでも、きっと、



何を今さら――と僕は言うだろう、と。













思えば、彼から僕に触れてくることは一度もなかった。

初めて触れたその時、彼は、拒まなかっただけだ。
興味本位での行動。
彼が、どんな顔をするか見てみたい。
それだけの理由の下での行動。

その肩を優しく掴んで、ソファの上に横たえて、
そして、そのまま、口付ける。

ただ、それだけの行為。

彼は、何もせず、何も言わず、上に覆いかぶさった僕を見た。

ただ、その少し震えているその身体が、とても、可愛らしく思えて。
だから。
僕はそのまま彼に触れた。




そこから、僕らは急速に近づいた。

今までの距離から外れて、
僕は、何度も彼に触れた。

彼の何が欲しくて、
彼から何を求めつづけ、
彼に何を望んでいるのか、

何も分かっていなかった。
考えようとしたこともなかった。


ただ、僕は、頭の中では思っていた。
この行為をこんなに繰り返すほど、僕は、彼の事を好きではないだろうと。


それでも、その行為は、至極、神聖なものに思えたのだ。


日頃饒舌な彼は、僕が触れるときだけは無口で。
何も言わずに、僕にしがみついていた。
何時もこれくらい静かだったら、どんなにいいだろうと思うくらいに。


赤く染まった目元を綺麗だと思った。
縋りついてくる腕を可愛いと思った。

愛していると、愛しいと、身体は勝手にそう告げた。
身体は、これは嘘ではない、と。

それなのに。

僕は、きっと、彼を愛しいと思ったことなど、一度もなかった。


一度もないと、思っていた。




降りしきる雨の中、あの傘の下で。
彼と向かい合った、その瞬間まで。




彼が何を考えているのか、彼は僕をどう思っているのか、彼に僕はどう見えているのか。
僕は何を考えているのか、僕は彼をどう思っているのか、僕は彼がどう見えていたのか。

考えればよかったと、僕はおそらく、生まれて初めて、後悔というものをした。




傘の下。
雨の中。




僕の事が好きだったのだ、と彼は言った。


僕が愛を嘯くたびに。
僕が愛を詐るたびに。
僕が愛を欺くたびに。

『好きでした』


僕の事を愛しくおもったのだと。
僕の事が離せなくなったのだと。
僕の事を少しだけ知ったのだと。


『好きです』


それでも、もし、


今、僕が、この後悔を告げたら、何を今さら――と君は笑うだろうか。







『僕は、愛してたんです』


いつの間にか、小降りになった雨。
あの傘から、一歩外へ出たその手を、掴むこともできずに。


『貴方の、嘘を』














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