白い医師は背後を振り返り、ほう、と声を漏らした。
彼にしては珍しい、好奇の色を含んだ、ほう、であった。
「よお」
向けられた漆黒の瞳の先で無愛想な声がした。
「どうしたね?秋君」
「その呼び方はやめろ」
「では、ふゆはる君」
メフィストの楽しそうな様子に、ふゆはるは仮面の奥で心底厭そうな顔をした。
「よくここまで」
「受付嬢に聞いたらここだと云われてな。仕事もしないでピクニックか?」
口ではそう言いながらも、視線は興味深そうにキョロキョロしている。
2人の周囲には、実に様々な種類の植物が美しくその生命を全うしている。
木々に遮られ正確な広さは分からないが、相当広いだろう。
確実に室内だと分かるのに、日差しも風も自然の香りがする。
そこに所狭しと生え並ぶ木や草や花々。
何処ででも見かける馴染みあるものから、はたして本当にこの世に存在するのだろうかと思われるものまである。
メフィスト病院の誇る温室である。
「君に見せるには、恥ずかしい限りだな」
「嫌味か?よくもまあ、これだけ集めたもんだな。羨ましくて涙がでる」
「いつでも来たまえ。君なら大歓迎だ。所望のものがあればいつでも」
「アイツに怒られるぞ。ま、有り難く心に留めておくとしよう」
「あの男には、これらの価値も愛おしさもわからん」
「愛おしさ、か・・・。全くだ」
ふゆはるの声には、楽しそうな響きが籠っていた。
メフィストは嬉しそうに微笑んだ。
「何か用事があったのではないのかね?」
「おお、そうだった。質問があってな。花屋には幾分専門外でね」
はて、と小首をかしげてから、メフィストは温室のさらに奥を指した。
「あちらで伺おう。飲み物はなにがいいかね?」


メフィストに従い奥へ進んでいくと、木々の合間に洒落たガーデニングテーブルが置かれていた。
片方の椅子をふゆはるにすすめてから、メフィスト自身も向かいへ腰を下ろした。
これを使用するような貴族のご婦人たちが田舎娘にみえる程の、美しい光景であった。
テーブルの上には既にティーセットとクッキーが用意されていた。
ふゆはるは、何処の美術館から持ち出したのかというようなティーカップに注がれる液体を見つめながら、
「珍しいハーブティーだな」
と興味深げに云った。
「お気に召すとよいのだが」
「1300年前に絶滅してるだろ。このくらい、お前のところじゃあ雑草と同じか?」
「冗談を。2,3年前に知人に頼みこんで、漸く手に入れたものだ。君の店にもないのかね?」
「ある。秘蔵品だ」
ふゆはるの言葉に、メフィストはくすくすと笑った。
「花屋とも思えんな」
「そうでもないさ。買い手があれば売る。代金と敬意を払えばな」
「それは失礼した」
「世界樹について訊きたい」
いきなり、ふゆはるは切り出した。
「それは君の方が専門分野だと思うが・・・?」
「勉強不足でな」
「ふむ・・・。私も、書物で読んだ程度の知識しか持ち合わせておらんが」
「十分だ。お前の“読書”知識ならな」
君からお褒めの言葉を頂けるとは――などと云いながら、メフィスト話し始めた。

「ふむ。なるほどな」
一通りメフィストの話が終わると、内容を反復するように考え込みながら唸った。
「少しはお役に立てたかね?」
「ああ。十分だ」
よかった、とメフィストは微笑む。
「・・・・」
「――?どうしたね?」
仮面の男に不思議な目で見つめられたメフィストが、訝しげに首を傾げた。
「お前・・・性格はともかく、そう無邪気に笑われるとくらくらするな。流石は、アホなくらいの美貌だな」
「・・・・」
今度はメフィストの方が絶句する。
「ま、お前じゃあ、俺に云われるまでもなく、日々称賛の嵐だろうが」
「そんなことはない」
「ご謙遜か?」
「私はみなに嫌われているようだ。何かと至らぬ男でな」
メフィストは苦笑した。
至っているところは至り過ぎてるがな、という言葉は仮面の奥に留めておいた。
「友人もおらん事を考えると、よくよくそうらしい。反省せねばならんかな?」
こりゃあ重症だ、関わらん方がいい――と思いつつも、すっとぼけた様子の美貌の奥に、実はそうではないのだと分かる色を見い出してしまうと、どうしてか声を掛けてしまうふゆはるであった。
「うーん。まあ、そうでもないだろうさ」
「・・・?」
「嫌ってる奴ばかりでもあるまい」
「そうかね?」
「・・・ま、俺も、嫌いじゃあない」
メフィストが驚いたように眼を丸くした。
その反応に、ふゆはるの方が驚く。
「そう、なのかね?君は、私のことを殺したいほど嫌っていたのではなかったかね?」
メフィストがそう云いだした頃には、ふゆはるは後悔と云う言葉を思い出していた。
「あー・・・うむ。友達だ、友達」
「ともだち――かね」
「・・・・」
何なんだコイツは、という目で見下ろす先で、メフィストは静かに、ともだち・・・、などと呟く。
「では、今度から、君のことを友達と云っても構わんかね?」
パッと明るい笑顔でふゆはるの方を見上げて、メフィストは云った。
はしゃいでいる。余程嬉しかったらしい。
そうと分かると、何故か憐れみを感じる辺りが、ふゆはるの、本人無自覚な人間らしさともいえる。
「ああ。構わんが・・・」
その言葉を聞いているのかいないのかメフィストは、友達――か、などとまるで愛しい恋人の名を呼ぶように呟いている。
「・・・・さて、そろそろお暇するが」
「あ。ああ。また、いつでも来たまえ。お役に立てることならば協力しよう」
「・・・・」
テンションの上がった魔界医師を前に、複雑な気持ちを抱きながら、ふゆはるはメフィスト病院を後にした。

因みに、その数日後から、ふゆはるは「秋せつらのいとこ」ではなく「ドクター・メフィストの友人」という位置づけになったのである。





『媚獄王』読んだらふゆ書きたくなって書きはじめた――はいいのだが、途中で行き詰ったやつ。
手の時(笑)のふゆは、メフィスト先生に質問してたんですよねぇ・・・

はたして、この二人に進展はあるのか!?



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