「メフィスト」
「何かね?」
蒼い光が満ちる院長室には、黒白の美しい影があった。
「まだ終わらないのか」
その声は、漆黒の様に深く、そして氷の様に冷たい響きであった。
黒檀のデスクの前に置かれた、来客用のソファに座っている。
「少し待ちたまえ」
対する白い輝きを持った声は、黒檀のデスクに大きな書物を広げたまま、顔も上げずに答える。
その態度が気に入らない風で、黒い人影は、メフィスト――ともう一度その名を呼んだ。
「いつまで私を待たせる気だ?」
「この調べものが終わるまで」
それは待てないな――と、呟くと、影は黒いコートを翻しながらメフィストのもとまでふわりと歩いて行った。
「メフィスト」
くい、と幾分強い力で、書物に向かう美しい顔を自分の方へと向けた。
サラリ、と髪を流しながら振り向いたその朱い唇に、己のそれを近づけていく。
「この、変態」
その漆黒の声は、院長室の扉の前から、茫洋と流れてきた。
突然の侵入者に、メフィストの傍らに立った、同じ姿の影が、鋭い視線を向けた。
「せつら」
メフィストは、入口に立つ黒い魔人へ顔を向けた。
「このヘンタイ藪医者」
「私、かね」
心外、という表情を浮かべ、メフィストは立ち上がった。
「何をしにきた、せつら」
これはメフィストの傍らに立つ男の言葉である。
これ見よがしに、黒いコートの腕をメフィストの腰へ回す。
「おまえに色々言われたくないね。お前は所詮、僕のダミーだ」
「正確には、私、だ」
「いい加減に離れろ」
このヘンタイ、とせつらは顔を顰めた。
「取り敢えず、皆、お掛けになったらいかがかな?」
せつらが、今にもダミーへ妖糸を飛ばそうとしたところへ、新たな声が掛かった。
「ダミ子」
せつらが振り返った先には、白い医師の姿をした医師が立っていた。
その手には、お盆に乗せた湯呑が3つ。
「ようこそ、せつら。緑茶で良かったかね?主も休憩されては?――それから、セツラ君も」
テキパキとお茶をテーブルに並べながら、メフィストのダミーは場を仕切ってみせた。
3人の魔人は、大人しく従った。
「そもそも、仕事に使うから1体作れ、と言って来たのは君の方ではなかったかね、せつら」
「問題はそこじゃない。今、そうして抱きつかせている事を言ってるんだよ」
このヘンタイ、と罵るせつらの向かいでは、漆黒のダミー――セツラが先程から白い方に腕を回していた。
「やめろと言っても止めんのでな」
「止める気ないんだろ」
「私は遣りたい様にしているだけだ。オリジナル様と同じ様に」
セツラは、更にメフィストを引き寄せて、意地悪そうに微笑む。
「そもそも借りた時から、僕はこいつが気に食わないんだ」
「今までと同じように造ったつもりだったのだがね」
「どこがだ。どう見てもお前の趣味じゃないか」
「君の本心は違うのかね?」
――とぼけやがって、この藪医者め、と迫力なく睨む。
「そうだ。お前は、メフィストの事を愛していないのか?」
純粋な疑問の色すら浮かべながら、セツラは首を傾げた。
「ほら、セツラ君。主とお客様の邪魔になっては困る。此方へ来たまえ」
いよいよ見かねた風のダミー総帥が、あやす様にセツラの手を取った。
セツラは素直にメフィストから腕を離し立ち上がった。
「・・・やっぱり、お前は好き好んでくっ付いてるな」
それを眼で追いながら、せつらは口を尖らせた。
「それは誤解だ、せつら。彼は、アレの言う事しか聞かん」
幾分うんざりした様子で、メフィストは自身のダミーへ視線を向けた。
「どうしてだ」
「さてな。本当の所、君のダミー君にも困っている所だ」
「嬉しいくせに、変態」
「まあ、本命のように連れないのも寂しいが、あのように直球で来られるのにも慣れておらんのでな」
「ダミ子といい、アレといい・・・最近、耄碌してきたんじゃないの?」
「そうかもしれん」
白い医師の浮かべた苦笑に、せつらは不意に顔を顰めた。
「・・・・・お前、何もないな?」
「何も、とは?」
「いや、だから」
「何だね?」
「取り敢えずは、口付までで止めている」
答えたのは、ダミ子であった。
メフィストのダミーに連行されたセツラは、仏頂面でメフィストの黒檀デスクに突っ伏していた。
こういった姿は、「僕」のせつらの要素であろうか。
「くちづけ、って」
「ああ、何だ。そういう事かね」
ダミーの言葉に、黒白のオリジナルはそれぞれ違う反応を見せた。
「何だ、ってなんだ」
やっぱりヘンタイだな、とせつらはメフィストを睨む。
「何かね?まさか、妬いているのかね」
メフィストの声は、ふわりと花の香りがしてくるようであった。
「喜ぶな。――おい、ダミ子」
苛立つ声音とは裏腹に、ダミーに向けられた瞳は、不安の色に染まっていた。
対してダミーは、その瞳を真っ直ぐ見つめたまま頷いて見せる。
ほっ、と文字が浮かびそうなほど、せつらは安堵で肩を落とした。
「そういうお前はどうなのだ、せつら。想い人にキスもできないようでは、とんだヘタレだ」
デスクの向こう側からセツラが乱入してきた。
セツラ君、とダミーがチラリと視線を送ると、フイ、と首を逸らしつつも直ぐに黙った。
「メフィスト、立て」
せつらの声と同時に、メフィストの体はスッと立ち上がった。
妖糸で無理やり立たせながら、せつらは首を傾げるメフィストの横まで移動した。
その流れのまま、ぐい、と白いケープの体を引き寄せる。
されるがままでいたメフィストの唇に、己のそれをしっかりと重ねた。
「――っ!?」
せつらの舌は、艶めかしくメフィストの唇をなぞり、ねっとりと口内へ侵入した。
きっかり10秒間。水を含む音が天界の琴音のように室内に響いた。
ス――と惜しむように唇から離し、そのまま漆黒の胸の中へメフィストを抱き込んだ。
そして、挑発的な視線を、メフィストの背後に流す。
受け止める瞳も、氷の炎を宿して見つめ返していた。
フッ、と漆黒の麗人は微笑んだ。
その美貌は、黒檀向こうに座る影よりも、なお冷たく輝いて見える。
「私に勝とうとでもいうか?――私のダミーごときが」
セツラでさえ、一瞬息をのむような美しさであった。
その空気は、直ぐに闇の奥へ沈んだ。
おい、ダミ子――と、1歩引いたところに佇んでいた白い影に掛けられた声は、茫洋としていた。
「この男はもう齢で呆け始めてるようだから、ダミ子がしっかり教育してくれ」
せつらは言いながら、胸に抱きしめたままであったメフィストを開放した。
「畏まりました、せつら。仰せの通りに」
仰々しく礼をして見せる白いダミーに、せつらはふわっと微笑んで見せた。
「もしかしたら、お前の方がよっぽど可愛いかもね、ダミ子」
それじゃーね、と恋人へも細やかな仕返しをしてから、せつらは春風の様に院長室から消えて行った。
悔しそうにメフィストに飛びつくセツラと、恨めしそうに此方を睨む主。
2人を宥めながら、白いダミーは3人の魔人を保護者のような瞳で想い、深い溜息を落とした。
何だか、ややこしい・・・・
なんだこれ。
取り敢えず、実権を握っているのはダミ子。
因みに、セツラ(ダミー)は、本当に突然変異――らしい。
せつら(本物)とダミ子は仲良し・・・ってややこしい。
取り敢えず、皆でイチャイチャしてればいいと思う。
(これに幻十足すとカオス。きっと楽しいと思うけど、カオス)
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