不意に浮上した意識に添うように、メフィストは重たい瞼を幽かに開いた。
閉めたカーテンの向こうから夜光が滲みこんで、狭い部屋を満たしている。


深夜。西新宿の一角。
ゆっくりと覚醒していく頭とは裏腹に、身体に残る泥のようなだるさ。
それが幾刻か前までの行為を思い出させ、新しい疼きが生まれる事が心地よい。
メフィストの身体を優しく包んだままの恋人は、緩やかな寝息を立てている。
白い、滑らかな肌にそっと口付けて、それでも彼が眼を覚まさない事を確認すると、メフィストはその眠りを妨げぬように、そっと愛おしい腕の中から抜け出した。
何も纏わぬ肌に冷気が触れる。
少し迷ってから、脇に脱ぎ捨てられていた黒いシャツを羽織って、布団を抜け出した。
六畳の小さな部屋に一つだけの窓の際まで、鉛のような身体を運ぶ。
指でそっと開けたカーテンの、僅かな隙間から、冷やかな空気と星茫が零れて来た。
今夜は、朔の夜だろうか。
月は見えない。




月に似ている、と言ったのは彼だった。
夜のような彼だった。
お前は月に似ている――




無意識に、メフィストは片手を胸に押し当てていた。
指先に触れる確かな温度。確かな鼓動。
自分はここに在るのだと、これは自分なのだと、確かめずにはいられない。


あの時――
このまま消えていくのだと思った。
それも仕方のない事だろうとも。
頭を掠めたのは、患者たちの事ばかりで。
彼の事は想わなかった。
否。
一つだけ。
どうしても、訊きたい事があった。
けれどそれは、どうしても訊けない事だった。


私は、もう不要なモノ――?




月に似ている、と言ったのは彼だった。
夜のような彼だった。
お前は月に似ている――




今宵のように。
夜は、月がなくとも輝き続ける。
夜がなくては輝けぬ、愚かな月とは違って。

仮令ここで消えたとしても。
彼は変わらず有り続けるだろう。
この街はずっと生き続けるだろう。
ここから離れては生きられぬ、私とは違って・・・

この街にとって、私はもういらぬ存在なのだろうか。
彼、にとっては――










「莫迦か、お前は」










夜色の声が。
「え・・・?」
窓際に佇むメフィストの背後に、ピタリと彼が依りそっていた。
ふわり、と背中から抱きしめられた。
スラックスだけなのだろう。腰に回された腕は、白い素肌のままであった。
薄いワイシャツ越しに伝わる彼の感触に、思わずドキリとする。
「んっ・・・」
首筋に、チクリと痛みが走る。
「お前に黒は似合わない」



白い方がいい、と彼は耳元で低く囁いた。

「今日――あの時、どうしてだと思う?」
「――?」
「どうして、お前を引きとめたと思う?」
今の彼は、どちらの彼、なのだろう?
メフィストには解らない。どうしても解らない。
〈彼〉は問いかける。
「どうしてだと、お前は思う?」
「・・・な、ぜ・・・かね?」
メフィストは、震える声で呟いた。




「月の消えた夜は、夜ではないからだ」




「お前は、月に似ているな」


「月」

「月は夜から逃げられないよ。夜が月を求め続けるのだから」


不意に、身体を振り向かされた。
加えられる力に従ったその先に、美しい〈彼〉の顔があった。
星茫に輝く白い肌。夜より暗い瞳の奥。
冬の夜気のような、春の暖風のような美しさであった。
うっとりと、メフィストは〈彼〉を見つめた。


「ねえ、メフィスト?」
呟く〈彼〉の声に、背筋をゾクリとした快感が走る。
「せつら――」
それは、どちらの彼の名か。
ふと浮かんだ問いかけも、その意味も持たぬまま、一つの口付けに飲み込まれていった。













『若き・・・』の後(おそらく当日)
あれは、ホントに良かったですv色々と。
特に、最近「関係冷えてない?」と思っていたせつら様が助けてくれたのが、烏兎には幸せで幸せで・・・
私、と名乗るせつらであったことも萌。

兎に角、それ以前までの、烏兎の不安との踏ん切り(?)をつける意味で書いたのが、コレ。
不安なドクターと、必要な言葉をくれるせつら。

そして、相変わらず、月ネタが好きだな、烏兎・・・





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