結末。
旅館は、小さな温泉宿ばかりが集まる小さな田舎町の中でも、僅かに離れて建っていた。
裏側はすぐに小高い山で、雑木林が続いている。
陽は大分傾いてきた時分。
黒白の美しい影は、並んで夕陽の差し込む林の小道を歩いていた。
並んで、といっても、実際にはメフィストがせつらの左側、その半歩程後ろを歩く形であるが、取りあえず仲良く歩いていた。
茫とやや明後日の方を眺めながらも黙々と歩き続けるせつらと、どこへ行くのかも何がしたいのかも今一つ解からないまませつらの顔と辺りとを交互にキョロキョロするメフィストは、獣道に等しい道を進んでいく。
「せつら」
「なあに?」
「何処へ行くのかね?」
「秘密」
「・・・」
先程から交される会話といえばこれのくり返しばかりである。
但し、回数を重ねる度、せつらは上機嫌に、メフィストは不安気に、それぞれ徐々に変わっていった。
メフィストは、幾度目になるのか、斜め前を歩く恋人の顔を見、溜息とともにがっくりと項垂れた。
一体彼が何を企んでいるのかが、一向に判り兼ねていた。
――それでも
とメフィストは心中で呟いた。
――こうして散歩に誘ってくれたのだから、嫌気が差している訳でもない・・・ということだろうか
再び、視線をせつらの美しすぎる横顔に移す。
そしてそのまま黒水晶は徐々に下がっていき、自然に揺れる左手を映した。
白く細く、彫刻のように整った、それでいて力のある手は、メフィストの好きな部分であった。
暫く見惚れるようにうっとりと眺めていたが、不意に自身の右手に目を移す。
その、せつらと同じほど美しい手を、躊躇うようにゆっくりと前に――せつらの左手へと差し出されていく。
一瞬ためらった後、指先だけが触れた。
それに驚いたように、ビクリと一度その手を引くメフィスト。
しかしすぐに戻され、一気にせつらの手を捉えた。
軽く――ほんの僅かな力であった。
その手を、何の躊躇いもなく、自然に、せつらの手は握り返す。
握り返してくる力と温もりに心底安心したように、メフィストは嬉しそうな笑みを浮かべた。
そのまま、更に幾ばくかの時間が流れた。
相変わらず春風のようなせつらと、幸せそうに繋がれた手を見つめながら続くメフィストは、徐々に紅くなってくる林の中をゆるゆると迷い込んでいく。
ふと――
「メフィスト」
掛けられた声に、うっとりとしていたメフィストは慌てて現実に戻ってきた。
「な、何かね・・・?」
「着いたよ」
「?」
メフィストは、云われて振り返るせつらの向こうへ瞳を遣った。
「・・・・これ、は」
ずっと続いていた林が突然途切れ、その先には小さな温泉町と今にも山の端にかかりそうな紅い夕陽が広がっていた。
「ゆーひ。見たことないだろ、こういうの」
云いながら、せつらは繋がれたメフィストの手を軽く引いて、切り立った崖の際まで連れていった。
「お前、区外には結構出てるけど、こんなことしないだろ?」
優しく微笑みかけるせつらの方も見ず、メフィストはじっと目前に広がる景色に食い入るように見つめている。
その様子に、せつらは内心でほっと、安心の溜息をついた。
立ち尽くしたままのメフィストの横に、足を崖の外へ投げおろして腰を下ろした。
手を引き、彼にも座らせる。
「あの街とは、全く違うものだな・・・」
「うん」
小さな町を見下ろすメフィストの瞳は、夕陽に紅く染まり、不思議な色を湛えていた。
「綺麗・・・」
その色に思わず漏らしたせつらに、本当に、と違って捉えたメフィストが応える。
「これが、〈区外〉・・・」
「その、ひとつ・・・かな」
「・・・」
「あ、そうだ。メフィスト」
思い出したように、せつらが、ずっと手に持っていた紙袋を取り出した。
「何なのだね、それは?」
繋いでいた手を一旦離し、紙袋の中身を取り出す。
「旅館のおばあちゃんに頼んで作ってもらった」
「お、おにぎり――!?」
出てきたのは、小振りの、見るからに手作り風のおにぎりであった。
「おやつ。折角ここまで来るんだし、と思ってね」
「よくまあ・・・・そもそも、こんな場所、どうして知ってたのだね?」
「企業秘密」軽くはぐらかして、おにぎりを一つ渡した。
「・・・」
「魔界医師とおにぎり」
「それと浴衣――かね」
「天然記念物だね」
「・・・」
「ま、特権でしょう」
僕の、ね――という部分は、心の中でのみ呟く。
「せつら。ひとつ、訊いても?」
「なに?」
「この・・・旅行。迷惑だった――かね?」
「・・・え?」
「元はといえば、ダミーが勝手に企てたことだから――」
「お前はどうなの?メフィスト。別の人と来たかった?」
メフィストは慌てたように何度も首を振った。
「そんなことは決して――っ」
「なら、僕も同じだよ、メフィスト」
「・・・しかし・・・ずっと黙っていたから――」
「それは、人のこと言えないだろ。こんなこと、初めてだから――そのぉビビってたと申しますか・・・」
「ビビって・・・って」
意外な答えだったのか、メフィストは目を見開いた顔でせつらの顔を覗き込んできた。
「ねえ」
「何、かね?」
「ハッキリさせようかと、思うんだけど」
不安の色を思い切り出しながら、せつらは切りだした。
「・・・せつら?」
と答えたメフィストの声の方がしかし、その色は濃かった。
「この関係、止めない?」
「・・・・え・・・?」
いよいよメフィストの声は消え入りそうな程弱々しくなった。
「ハッキリ、云ってくれる?」
「・・・・」
せつらは、真っ直ぐメフィストの瞳を覗きこんだ。
「僕と――というか、秋せつらと、だけど・・・。付き合ってくれない?」
「・・・・・・え?」
「付き合うって――つまり、その・・・僕のこと、嫌い?」
メフィストは今度こそ驚いたように目を見開き、もの凄い勢いで首を振った。
「そ、そんなことはない!私は、せつらのこと――」
「“私”でなくても?」
メフィストはしっかりと頷いた。
「せつらを好きだと、思っている。“私”だけでも“僕”だけでもなく、“秋せつら”を」
「恋人っていっていいの?」
「せつらが、許してくれるのなら」
許すも何も――とせつらは呟いた。
「メフィスト」
黒い腕で、隣に座る白い身体をぎゅっと抱きしめる。
「ず、ずるいぞ、せつら」
抱き付かれたことに動転しながら、メフィストが抵抗してきた。
「え?」
「せつらからは――その、聞いていない」
「?」
「・・・・」
ああ――と思いついたようにせつらは呟く。
そして、メフィストを抱きしめた腕に力を加え、子供のような声で、紅く色づいた耳元に囁いた。
「大好き」
END
無駄に長かった。
温泉デートとこの2人の告白(しかも、せつらから)というのが書きたかったのですが・・・
乙女メフィ――というより、超マイナス思考メフィになった気がする・・・。
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