「せつらくん」
蒼い光の中で、白い声は困惑気味に響いた。
「なーに?」
応えた声は、春風のごとくすっ呆けている。
「連日、こうして来てくれるのは有り難いが、仕事が終わる度に涼みにくるのは如何なものか」
「ウチの電気代が浮く」
「・・・・」
「どうして、こうも暑いのかな?」
「だったら、コートを脱いだらどうかね?」
「これ来てないと溶けちゃうの」
「一度溶けてみたらどうだね。新しい境地が見えるかもしれん」
「好古趣味なんだ」
せつらは客人用のソファに半ば寝そべりながら雑誌を眺め、メフィストは黒檀のデスクに重ねられた書類に愛用の羽根ペンでサインを次々書いていく。
「のど渇かない?」
「はて?」
「緑茶がいいな。冷たくていいよ」
「せんべいはいるかね?」
「いーね。お前も飲むだろ?」
「そうさせていただく」
「失礼いたします」
入口の方で、白い声がした。
黒檀のデスクから立ち上がったばかりのメフィストとよく似通った――とせつらには見える――ダミーが、緑茶と菓子鉢の乗ったお盆を手に立っていた。
「よ、総帥。元気?」
「ようこそ、せつら。毎日のようにせつらが来て下さるお陰で、主人の仕事が捗るのでね――涼んでお茶を飲む暇もなく過ごしている」
主人によく似た、何かを含んだような微笑みを浮かべながら、ダミーはお茶一式を出し颯爽と部屋から去って行った。
それを見届け、向かいのソファに腰を下ろしたメフィストに、せつらは顰め面を向けた。
「おい」
「何かね?」
「何かね、じゃない。アイツ、前にも増してお前に似てきたぞ、根性が」
「よしてくれ。私など比ではないよ」
「そのうち、総帥に乗っ取られるぞ」
「下剋上かね?だったら、私は早々に引退して、せんべい屋のレジスターでもするかな?」
「それこそ、よしてくれ。店を潰す気か」
「全国ネットにしてもいいが?」
「老舗はぼちぼちやるもんさ」
「人生は太く短く――ではなかったのかね?」
「年を取ると、未練事が増えるのさ」
「では、私などは未練の塊だな」
「だから、殺しても死なないんだろ」
「成程。目下、一番の未練は君だよ」
「不満?」
「さて?」
「せんべい増やそうか?」
「口付けの方が、喜ぶ」
「照れる癖に」
「恋だな」
「アホ」
せんべいを頬張る魔界医師を見つめて、せつらは苦笑した。
「おいで」
「何かね?」
「くちづけの方がいいんだろ?」
「・・・・」
幾分閉口しながらも、素直にせつらの隣に移ってきた。
「あ――と、ちょっと・・・・」
「・・・・」
メフィストの肩に両手を置くと、彼はせつらの胸元に白い手を当てた。
顔を近づけようとするせつらを止めるためである。
彼は、軽く深呼吸した。
そして、漆黒の瞳を瞼で隠した。
「ん」
クイと、月のような、照れ隠しの微笑みが浮かぶ美貌を持ち上げた。
いいよ、のサインである。
「まったく、お前は――」
と呟きながら、せんべい屋の若旦那は<新宿>の町医者に口付けた。
突発万歳!!
夏のある日の黒と白。
本当に、1行目から何にも考えないで進めたもの(汗)読んで一番驚くのは、実は自分自身だと思う・・・
烏兎が一番多くやるパターンです・・・
UPは11月ですが、実際には夏の暑さにやられながら書いてたはずです、確か。
個人的には、ダミー総帥大好きなので、よくご登場いただいてます。
H21/11/某日 烏兎。
戻る