彼の様子は、此処へ来るまでの足取りで予想がついていた。

何か感想を持つ前に、ノックもなく、いつもより乱暴に開かれた扉。
やはり、と心中で呟きつつ、無言のままゆっくりと彼に目を遣る。


漆黒の美しい彼は、天使か悪魔か――


「せつら」
彼の名を呼ぶ。
返事はなく、黒い影だけがズカズカと迫ってきた。
突然強い力で掴まれた肩に痛みが走る。
思わず眉を顰めたが、今の彼には何の効果もないことは分かり切っている。
両肩を捕らえた彼の手が、別の力を加えてきた。
「――っ」
鈍い音と共に、背中に強い衝撃が与えられた。
彼の手に掴まれたままの肩からケープ越しに伝わる、硬くヒヤリとした感覚が今の状況を語る。
「せつ――っん」
名を呼ぶ唇に、赤く冷たい彼のそれが押しつけられた。
同時に口内に入り込んできた舌は、容赦のない一方的な愛撫を続ける。
応えるでも拒むでもなく、されるままに任せていた。
すぐに甘美な混沌が脳を支配し始める。
「…ぁ」
彼の口付けは、唇を離れ、首筋を伝う。
知らぬ間に肩の拘束は解かれ、代わりに腰に廻された腕によって、彼に引き寄せられていた。
ケープは留め具が外され足元に落ちていた。
自身の手は、彼の黒いコートを握りしめている。

ああ、やはり――
与えられる快楽の頭で、ふと思った。
今回が初めてではない。
こんな風に彼に抱かれることは、今までにも幾度かあった。
いつも、無言のまま、何かに憑かれたかのように強引であった。
何が、あったのか――
不安が過る。
何かあったことだけは間違いない。
強靭な彼の精神を掻き回し、荒げる何か――である。
そんなことは、どちらでもいい。
傷ついた彼は、必ず求めて来る。
求める彼を、全てを受け入れる。
それだけのことだ。


「ぅ、あっ」
突然の強い異物感に、身体が硬直する。
動きを止めた彼を受け入れるように、力を抜くことに専念する。
既に慣らされている為にすぐに彼を受け入れていく。
こちらに合わせるように、挿入が再開される。
どれ程一方的であっても、彼は決して故意に傷つけてくることはなかった。
寧ろ、労る風でさえあり優しい。
行為が激しくとも、彼が求めているのは破壊ではない。
それを知っているからこそ、彼に合わせるように受け入れる。


「あっ…あぁ」
痺れを伴う強烈な快感に喘ぎが漏れる。
声を抑えることはしなかった。
全て彼に任せている。
自身の甘い声と行為の音のみが、鼓膜を震わす。
頬を涙が滑り落ちた。
快楽の為か、彼を想う不安の為か――。
他の誰でもなく自分が求められていることへの、自惚れた嬉しさの為か――。
自分自身にも判断が付けられぬまま、意識は霞の彼方に消えていった。






懐かしい匂いと温もりであった。
後頭部を撫で続けてくれる温もりは、これ以上ないほど優しい。
ゆっくりと重たい瞼を持ち上げた。
見慣れた白い肌が間近くあった。
逞しく愛おしい胸であった。
クイと顔を上げ、形の整った鎖骨に軽く口付けた。
「せつら」
掠れた声であった。
それをどう聞いたのか、彼は美しい顔を歪めながら見下ろしてきた。
おそらく、彼自身に対してなのだろう。
「おはよう、せつら」
先程よりはっきりした声をかける。
「…おはよ」
遣り切れなさそうな表情はしているが、いつもの彼であった。
片手では優しく髪を撫で、もう片方は腰に廻されている。
この時間が好きで堪らない。
愛されているのだ、と実感できる。
愛していいのだ、と確認できる。
思わず微笑んでしまう顔を隠すように、私は額を彼の胸に押し当てた。






うわぁ…;;


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