深々と頭を下げて、診察を終えた患者が部屋を出ていった。
メフィストは、それを見届けるとインターフォンを押す。
「私は一度外れる。後は他の医師に通したまえ。」
若い看護師の応えが終わらぬうちに、スイッチを切る。
その視線は、白い天井を見据えていた。
メフィストは、白い廊下を滑るように歩いていた。
ここは、メフィスト病院最上階、八階である。
彼の目指す先はこの階にある「特別病室」であった。
この病院のスタッフの、誰1人として近づかぬ病室であった。
メフィストは「特別病室」の豪華な扉を叩いた。
中からの返事はない。
それでも彼は、美しい指先を美しいノブに置いた。
その部屋は、これ以上ないほどに贅を尽くした部屋であった。
豪華なものばかりが置かれているのにもかかわらず、しかし部屋全体は、寸分の狂いもなく調和のとれた空気を作り出していた。
そこに。
美しい男がいた。
これほどの部屋さえも、美しさを失わせる男であった。
「どうかしたかね?せつら」
ベッドに寝転んで『犯罪月報』と書かれた雑誌を開いていたせつらは、漸く視線だけを来訪者へ向けた。
ここは、彼の為に整えさせた「病室」であった。
「べつに」
当の彼はそう言って、再び雑誌に目を移してしまった。
勿論、その答えは、彼を一目見た時からメフィストには分かっていたが・・・
メフィストは無表情のままソファへ腰をおろした。
何か言われるかな、とちらっと彼を盗み見たが、彼の興味は相変わらず『犯罪月報』にあった。
ふと、気がつくと、ソファに座るメフィストの前に、黒い美しい影が佇んでいた。
無表情で見上げるメフィストに、彼の瞳の光りが真っ直ぐ降り注がれる。
その色はいつもより冷酷で、少しだけ優しい。
その微笑みは、何よりも愛おしい。
いつの間に傾いた夕陽が、窓から室内に入り込んでいた。
その美しさに、戸惑うかのように。
夕陽に浮かぶその影は、ただ美しかった。
「帰る」
彼は言った。
メフィストは、無表情のまま頷いて見せた。
「いつでも来たまえ」
「気が向いたら」
いつもと変わらない。いつも通りの、決まり事のような遣り取りであった。
メフィストは無表情に。彼は微笑で。
窓外の夕陽は、徐々に蒼を広げていく。
せつらが部屋を出て行くのを見届けると、メフィストはゆっくりと立ち上がった。
「鬼去来」のときにしか出てこない(と思う)、せつら専用の病室。
最上階=8階と書きましたが、メフィスト病院って、ホントはどうなんでしょうか。
最初は地上・下10階だったと思っうのですが・・・
ま、キクチ先生の世界ですから、こんなもんなんでしょうけれど・・・(「鬼去来」の時、せつらさんの定期健診は年に1回だったしね)
せつらサイドとセットで読んでいただくと、この話の狙い(?)がわかると思います。
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