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分厚い青銅の扉が、重い音を響かせて閉じた。
他に空気を震わすものはなく、やがてそれも、果ての知れぬ闇空へ呑み込まれていった。
静寂。
まさに、無音の空間であった。
相応しい存在が、青銅の扉の前に佇んでいる。
この男には、生命活動の響きが許されているのだろうか。
ただ白いばかりの、美しいばかりの陰であった。
美影は、やはり音もなく歩き出した。
ほんの僅かな、或いは永遠ほどの時間を歩いた足は、何の前触れもなく元のように止まった。
その前には硝子製の円筒が聳えている。
有るか無きか分からぬ天井を求めるように、闇の中へと伸びている。
中には、青い液体が満たされていた。
そして――
「せつら」
白い医師の月光のような声が、世界に久しい音を与えた。
何と例えれば相応しいのか。
強い衝動に駆られるような、全てを失ってしまうかのような――
不思議な響きであった。
美しい顔に嵌め込まれた黒瞳に映るのは、声と同じ色と、そして声の指す存在であった。
せつらは――否、せつらの身体は、青い液体の中に浮かんでいた。
長身の身体は黒いコートを纏い、美しい貌は何の表情もうつしてはいない。
僅かに高い位置に浮かぶせつらの身体を、メフィストはじっと見つめた。
メフィストは、純白のケープの中から蝋細工のような手を差し出した。
戸惑いながらゆっくりと持ち上げていく。
せつらの頬の辺りで、その美手を止めた。
メフィストの手に伝わるのは、無機質な冷たさと硬さだけである。
分かっていながら、それでも心の奥で何かがざわめいた。
白い指先で、ガラス越しのせつらの輪郭をなぞっていく。
何度、繰り返した行為だろうか。
首筋を辿り鎖骨を滑り、左胸で動きを止めた。
手のひらを愛おしげに硝子に押しつける。
「せつら」
メフィストはもう一度、その名を呟いた。
「約束は――」
彼の名を呼ぶ時とは、僅かに違った声音であった。
「確かに、守った」
メフィストは、微笑みながら語りかける。
「そろそろ、許してはくれまいか?」
悲しげな、甘い微笑みであった。
「君は、私を――」
―――条件が二つある。
懐かしい声が、メフィストの頭を過った。
彼は、私、と自らを呼んだ。
―――お前が望むのならば。
「“私”の死後も、お前は生き続け――」
メフィストは確かめるように、黒い男の言葉を呟いた。
彼の声が続く。
―――私の身体をお前の元へ置いておくこと。
ぞくりとする声であった。
「こんなことをせずとも、私は君から逃れられはしないのに。」
あの時も、現在も。
―――そして、もう一つ。
「君は、私を――」
メフィストの声は、震えていた。
呼びかけは、どちらのせつらへのものか。
―――この条件を呑み込めるなら
せつらが微笑を浮かべる。
―――私はお前を愛そう。
メフィストは、その手にメスを握っていた。
それを、躊躇いもなく一気に横に払う。
目の前の硝子に、一直線の筋が描かれた。
生じた隙間から青い液体が溢れ出してくる。
気にも留めず、メフィストは更に切り込んでいく。
液体がなくなる頃には、そこに大きな長方形の穴が出来上がっていた。
せつらの身体は、ぐっしょりと水分を含んだ姿で硝子にもたれている。
メフィストは切り取った穴から円筒に入り、せつらの身体を引きだした。
一面に液体が広がる中にせつらの身体を横たえさせた。
優しくその上半身を抱え起こす。
「せつら」
メフィストは、せつらの身体にしがみつくかのように、強く抱きしめた。
その身体は、冷たく柔らかく、そして懐かしい。
「愛しい、せつら」
腕の中で眠る貌を覗き込む。
昔と変わらぬ美貌であった。
「もう、許してくれるかね?せつら」
頬を優しく撫でながら、眠る彼に訊ねる。
「約束は、確かに守った」
メフィストは呟く。
「愛しているよ、せつら」
浮かべる微笑みに、悲哀の色はない。
「君は――」
言葉に詰まったメフィストの、その輝く美貌は、悲愁に染まる。
「――君は私を、愛してくれるだろうか」
―――そして、もう一つ。
せつらの声が、耳朶を擽る。
メフィストは、白い人指し指でせつらの唇に触れた。
―――お前が望むならば、条件が二つある。
条件?
―――私の死後もお前は生き続け、私の身体をお前の元に置いておくこと。
そんなことをしなくとも、私は・・・
―――そして、もう一つ。
―――口付けは、一度きりだ。
「許してもらえるのは、一度だけ」
微笑みを浮かべながら呟く。
そして――。
ひやりと冷たい唇であった。
ほんの刹那の、触れるだけの口付けであった。
瞳を閉じたメフィストは、もう一度冷たいせつらを抱きしめた。
その耳元に優しく、甘えるように囁く。
「愛してくれるかね、せつら?――こんなわがままな、私でも」
患者が出ていった診察室で、白い医師はふと視線を上げた。
その深い黒水晶の瞳は、何を映しているのか。
僅かに細められた瞳はそのまま伏せられた。
「私に与えて下さらなかった、二つのこと」
美しい唇から、月光のような声が漏れた。
彼は、瞳を閉じたまま微笑んだ。
「ゆっくりおやすみ、メフィスト」
次の患者が扉を叩く音に、彼は医師の瞳をして迎えた。
アトガキ
分かりにくかった・・・かなぁ(汗)
いつか書きたいと思っていた話でした。死にネタ(2人とも死んでるし…)
上手く纏められませんでした。
最後のダミー様の一言の意味も、、結局入れられず終いでした。
「私に与えて下さらなかった、二つのこと」
でも、意外とこのままの方が良かったりするかも、と考えていたりします。
とはいっても、何のことだ、って感じですので、一応記述しておきます。
ひとつは、メフィストの居た部屋の場所。
もうひとつは、せつらに対する感情、です。
記憶としては残っていますが、メフィストの持っていたような感情は、ダミーは持ち合わせておりません。
それから。
一応、せつメフィのつもりです。(薫衣せんせには「逆かと思った」といわれましたが)
せつらを只管想い続けているのです。キャッvV
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