「ねぇ、センセイ」
「なんだね」
白い病室。
来月5歳になる少年が、小首を傾げて尋ねた。
「聞きたいことがあるんだ。センセイなら知ってるかなぁ」
彼は、ゆっくりと少年に目線を合わせる。
「知っているという保証はできないが・・・言ってみたまえ」
「うん!あのね、センセイ―――」
「それで、お前はどう思うわけ」
「・・・何がかね」
数えるほどの者しか入れないこの院長室で、私は彼と向かい合っていた。
ちらりと、扉に目をやる。
まだ、約束の時間には少しある。
意外に、こういうときだけ時間励行な客人であるから、あと、5分は大丈夫だろう。
「お前は、ダミーであることをどう思うわけ」
「・・・・どう・・とは?」
世界を染める白に似せられて作られた私。否。創られた私。
「んー。どうって聞かれても・・・」
「どう――と聞いてきたのは君だろう。せつら」
目の前に座る黒は、綺麗な顔を嫌そうに歪めた。
私の顔をねめつけて、それから、何か言おうと口を何度かパクパクさせた。
「おまえさ・・・」
「何かね」
何でもない――と言葉を濁して、
「・・・じゃぁ、質問を変える。お前、ダミーとして作られて良かったって思うこと、ある?」
「・・・まぁ、多少なりとは」
「例えば?」
「主のお役にたてることだ」
「・・・・」
がっくりと肩を落とす目の前の黒を見つめながら、実に不思議なものだと思う。
世界を飲み込む黒は、こんなことを聞いてくる男だったろうかとふと考えて、意味のない思考だと自嘲する。
「なんという顔をするのかね。君は」
「だってさ・・・・おま、・・・うーん」
「?」
「この天然」
「は?」
首をかしげる私に向かって思い切り溜息をついてから、
「じゃあ」
じゃあその逆は?――と美しいその漆黒の瞳をこちらに向ける。
私は、その瞳を見つめ返す。
なんと、綺麗な色だろう・・・だが・・・
「・・・あまり、考えたことがないな」
「ふーん」
「君は・・・意外と、性格が悪い。いや、こんなところで、自己嫌悪してもらっては困る」
「・・・」
「分かっているだろう。どのような理由で作られたにせよ、秋せつらのダミーが秋せつらのために動くのは当たり前のことだ」
「・・・・・」
「考えるべきではない。それが、どういう結果を生むかなど。ダミーとして生まれた者が、どう・・・・」
「やっぱ、いい」
手を軽く振りながら、さえぎる。
そんな、彼を見て、ふと、訊きたくなった。
「そういう君は、どう思っているのかね」
「ん?」
「ダミーという存在を、だ」
「・・・・お前は・・・」
酷なことを聞いてくるよなぁ――とぼんやりと呟いた。
「性格が悪い。お前、絶対、失敗作だろ」
「主からも、よくそう言われる」
「――別に」
別に、どうも思ってない――と答えた。
苦笑いとも、嘲りともつかない薄い笑みを浮かべる。
それを、私は、複雑な心境で――否。
とても、苦しいと――これが、同情という感情なら。
「わかってるだろ。お前なら」
「せつ――」
コンコン。
その名を呼ぼうとした自分の声を、美しいノックの音がさえぎる。
目の前の黒が、顔を上げる。
扉がゆっくりと開く。
「・・・どうしたね」
「・・・いえ」
入ってきた世にも美しい白を見てから、彼を見る。
軽く、肩をすくめただけで、彼は何も言わなかった。
そして――
「おお。おつかれ。ダミ子」
「・・・その呼び方は辞めていただきたいと、何度も言っているはずだが」
ひょっこりと主の後ろから顔を出し、部屋へ入ってきた黒衣の美青年。
「せつら」
その名を呼んでから、つい先ほどまで、その名で呼ばれていた黒を見やる。
彼は、苦笑いした。
「ダミー引き取りに来た。悪いね。いつも」
「いや、それは主にいいたまえ」
「うい」
促されて、彼が、秋せつらの元へと歩き出す。
彼と遺伝子レベルまで同じ存在である彼が、彼に全く似ていない顔で私の横を通り過ぎる。
「 」
振り返る私の視線を、重い扉が遮断する。
「 」
私も、そう彼に返して――
それから、再確認する。
こんなコトを言い合う私たちは、やはり、本物の黒白には似ても似つかないのだと。
「どうしたね」
「いえ」
遺伝子レベルまで同じ白が、私と全く違う白を纏いながら椅子に沈み込む。
私は、往診へ――とだけ告げて、彼が消えた扉の向こうへ。
彼と同じように、扉をくぐったそのどこか先で消える姿を夢想する。
下らないことだと分かっていながら。
あのね、センセイ――
少年の言葉。
カミサマって、ホントにいるのかなぁ――
少年は、簡単には治らない病を負っていた。
この病院においてでさえ、完治に十数年はかかるだろうと予想されている。
『お願い。カミサマ』
あの少年は、きらきらした目をして。空に。
『 行ってきます 』
あの黒い影は、そう、静かに微笑んで。私に。
カミサマ――
その、下らない救済心を、万人に振りまいているというのなら。
その、嘘で塗り固められた手が、愛のためにあるというのなら。
『 いってらっしゃい 』
どうか、彼が―――
烏兎サンの100hit小説に触発されて出て来たワンシーンから書いたもの。
時間的には、烏兎さんの話より、前――ぐらいの設定で。
陰鬱。
「行ってきます」「いってらっしゃい」と言いあう黒白に似ても似つかない黒白――という、ふとした妄想から。
back・・・