メフィスト病院。
無数とも言われる診察室の中の一室。
「・・・・・・・で?」
と呟いたのは、世界で唯一本当の白を纏う院長、ドクター・メフィストである。
「患者に向かってそう、厭そうな顔するのは如何なものかな?」
そう答えたのは、患者用のスツールに腰掛けた青年であった。
シルクハットにマント。傍らにはステッキを携えている。
「・・・・夢そのものの様な君を、患者と認めるか否かから考えねばなるまい」
ふふふ、と意味ありげに笑うと、その青年――夢盗人はスツールの上で器用に胡坐をかいた。
その様子に、メフィストが眉を歪めたが、夢盗人は気付かぬふりで話を進めた。
「胸が痛いのですよ、ドクター」
「罪の意識による自発的謝罪心だな。土下座でもすれば治る」
「藪医者ですね。恋の病ですよ、これは」
「では、きっぱりと忘れることだ。その人物の前から姿を消して、山奥にでも籠るといい。
――それから、その言い方はやめてもらおう」
「そのようなことだから言うのですよ。藪だ、とね。そんなものでは、治らないでしょう、これは」
「・・・・・・」
「ドクター。貴方がいけないのですよ?」
「それは言いがかりというものだ」
「私を生んだあの男は、何かを間違えたようですね。こんなにドクターを愛するようになるとは、ね」
そう言い終わる前に、メフィストの身体は夢盗人の腕に拘束されていた。
「治療を望まんものは、患者ではない」
抵抗してみるものの、全く解ける様子もない。
「望んでいますとも」
腕の中で抵抗を続けるメフィストを、夢盗人は愛おしそうに眺めた。

「このヘンタイ」
ふと、夢盗人の背後から声が掛った。
「おや」
好奇の色を浮かべた瞳が、声の方を振り向く。
そこに立つのは、美しく黒い影――
「――せ、せつら!?」
夢盗人によって、状況が見えないメフィストも、聞きなれた声と気配に反応する。
「まだ、診察中ですが?」
「どこがだ」
そう言いながら、せつらはズカズカと歩み寄った。
そのまま、強引に、夢盗人の腕からメフィストを奪い取り、その手で細白の身体を抱きしめた。
「せつ――」
「これは僕――と私のものだ。触れるな」
「――!!?」
「ほう――それにしても、優れた探知機を持っておいでですね、秋せつら。どうして此処に?」
「残念ながら、定期健診日でね。僕もロビーにいた」
「盗聴とは、よくない趣味ですね」
「緊急事態だ」
「ただの患者ですよ?」
「医者を襲っておいて、どこが“ただの患者”だ。ヘンタイの間違いだろう?」
「病ですよ、恋の病。これは治療の一環」
「貴様には別の治療が必要だな」
「二人とも――」
暫くせつらの腕の中で困惑していたメフィストが、漸く口をはさんだ。
呆れたような、困惑したような、それでいてどこかに全く違った色を持ち合わせた声であった。
「ここは私の病院だ。二人とも、言うことを聞きたまえ」
そう言いながら、メフィストはせつらの腕から離れて、二人の顔を眺めた。
「せつら、今は夢盗人の診察中だ。これでも患者なのでね。
それから、夢盗人。君は外に待たせてある看護婦について病室へ行きたまえ。」
夢盗人は、その言葉に心底楽しそうな笑みを浮かべた。
「分かりましたよ、センセイ。それではゆっくり休ませていただきましょうか」
意外とあっさりとした態度である。
「それでは。――セツラ、またお逢いしましょう」
無邪気な微笑みを浮かべたまま、夢盗人は手袋を嵌めた手を振りながら颯爽と診察室を出ていった。

後に残された二人の合間には、何とも云い切れない重たく黒ずんだ空気が流れていた。
先程夢盗人が出ていった扉の方を見つめたまま動かないせつらを横目で見ながら、
メフィストは小さくため息をついた。
その美貌は、さまざま感情が入り乱れ、混乱している風であった。
何度か言葉を発しようとして、口を開いたり閉じたりしていたが、漸く決心がついたように息を吸った。
「――あの・・・せつ――」
「帰る」
「え?――あ、待ちたまえ、せつら」
さっさと踵を返すせつらを引き止めようと、メフィストは慌てて彼のコートを掴んだ。
それに抵抗も見せず振り向いたせつらを見上げたメフィストは、言葉を失くす。
「・・・・・っ!」
「・・・・・・・」
見返される瞳は、無感情の如く黒いままであった。
結局、メフィストは何も言いだせないままで、その手から黒衣は滑り去ってしまった。


「愚か者」
「うるさい」
よく晴れた空の下。
メフィスト病院の屋上である。
漆黒の美影は、一人きり、二人で会話をしていた。
「・・・・どう、しよう・・・」
せつらの脳裏に、先程のメフィストの顔がちらつく。
コートを掴まれ、反射的に振り向いたときの、その先にあったあの美貌、その瞳――
「怒った――とは違うよね・・・・」
「何を云いたかったのか」
「・・・・嫌われては、ない――よね」
「・・・・・・・」
「黙るなよ、そこで」
「私の所為ではない」
「裏切り者」
「・・・・・・・」
「ま、運命共同体だよ」
「セーツラ」
突然、今最も聞きたくない声がした。
「・・・・・・」
「どうかしたのですかな?失恋でも?」
振り向きもしないせつらに、夢盗人は全く気にした風でもなく、足軽に横に並んだ。
「来るな」

「つれないですね」
「得意技でね」
「何故、彼の話を聞かなかったんです?」
「・・・・・・覗き魔?」
「それは、君の得意技でしょう?予想がつくだけですよ。私とドクターは似ていますからね」
「当てにならないんじゃない?」
「哀願と焦燥、驚愕、絶望、懇願、恐怖――綺麗な瞳だったのでしょう?」
「・・・・・・」
「あてにもなるでしょう、少しは?」
「・・・・・・」
夢盗人は、目を細め、意味ありげに口端を持ち上げた。
「ふふふ。相変わらず可愛いですね――ドクターも」
「どうも」
茫然と、さりげなくぬけぬけと言うせつらに、夢盗人は笑いだした。
「君も面白い、セツラ。嫌いじゃないですよ」
「僕は嫌いだけどね」
「ははは。ドクターも趣味がいい」
「それは同感」
夢盗人は、腹に手をあてて本格的に笑った。
せつらはと言えば、少々不機嫌そうにその様子を見ていた。
散々笑い飛ばした後、黒い手袋の指で目尻を押さえて呼吸を整えて呟いた。
「セツラ――二人のセツラ。もう一度訊く。何故、聞いてあげないのですかな?」




せつらは、自宅の六畳間で、お茶を飲んでいた。
その美貌は、この数日ずっと曇っている。
眉間に深い皺を寄せながら、何杯目かのお茶を啜った。
「・・・・・せつら」
「・・・・・なぁに?せつら」
傍から見れば――というか、どこから見てもおかしな光景である。
「どうするつもりだ」
「・・・・・・う〜ん」
湯呑を置き、頭を抱えるせつら。
「怒ってるかなぁ・・・」
「・・・怒って、はないだろうが――」
「もっと酷いことになってそうな・・・・」
「・・・・・・」
夢盗人との一件から数日。
ぐだぐだしながら、結局一度もメフィストのもとを訪れぬまま過ごした。

ふと、せつらは抱えていた頭をあげ、ドアの方を見つめた。
「せつら」
「・・・・うん」
何を感じ取ったのか、気配を殺してじっとドアに視線を向ける。
「・・・・・・・・・ど、どうしようか」
「どうって――」
答えを聞く前に、せつら――僕と名乗るせつらは腰を浮かせた。
「どうするつもりだ」
「逃げる」
「何を考えて――」

―――

言葉を遮るように、インターホンが鳴らされた。
一瞬硬直しながらも、せつらは忍び足で店の方へ移動を開始した。




「・・・・・留守、か」
秋DMSセンター事務所の入り口の前で、メフィストはため息をついた。
何だかんだでダミーに追い出される形で、病院を抜け出し此処まで出てきたのである。
やはり、怒らせてしまったのだろうか――
強い不安が湧き上がるのを抑えきれず再び深い溜息を零した。
「――せつら」
メフィストは暫く考え、もう一度――今度は自分に向けて溜息をつき、ドアの前に腰を下ろした。



夕刻。
庁舎凍の時刻を過ぎたころ、せつらは自宅へ戻ることにした。
見えてきた自宅に向かいながら、深い溜息を零す。
メフィストから来たというのに、結局せつらの方から逃げてしまった。
私と名乗るせつらは、散々いくじなし、と文句を吐き続けた。
――とはいっても、逃げだす僕の身体を止めなかったところを見ると、どうやら同類らしい。
「運命共同体だね」
せつらは茫と呟いた。
その声にはしかし、遣り切れない様な色合いが混じる。

せつらの重い足取りが、ピタリと止まった。
丁度、自宅の塀のところである。
ドアの前に、美しく白い姿が蹲っていた。
「・・・・・メフィスト・・・・?」
思わず口をついて出た呼びかけに、白い肩がビクリと震える。
うずめられていた美貌が、流れる髪の合間からゆっくりと現れた。
その瞳の深い黒に、せつらは一瞬眩暈を覚えた。
メフィストは慌てて立ち上がると、ぎこちなく微笑む。
その顔色は、普段より僅かに青い。
「お前――」
「せつら――」


「せつら!?」
どう切り出そうかと考えていたメフィストを、せつらはぐいっと進み出て白い細身の肩を抱きしめた。
予想もしていなかったらしく、メフィストの身体は硬直する。
「一体どうしたね、せつら?」
戸惑いがちな問いが放たれたが、せつらは敢えて聞かぬ振りをした。
ひんやりとした感覚がせつらを襲う。

「大バカ者」
せつらは、メフィストを抱きしめたまま、その耳元で小さく呟いた。
「――大バカ・・・」
不満そうな声が、胸元から聞こえてくる。
「身体が冷たい」
「・・・・・・少し前に、来たばかり――だが」
「嘘つけ」
「・・・・・」
せつらは、自分への恨みで、その美貌を思い切り歪めた。
それでも、何も言えない自分にも怒りがこみ上げてくるのを抑えるように、更に腕に力を加えた。
メフィストが苦しそうに身をよじる。
「・・・・・」
そのまま黙りこくってしまったせつらにどう思ったのか、それもすぐに大人しくなった。
「せつら」
「・・・・・」
「話したいことがある・・・・のだが――」
「何?」
体勢はそのままで、美しい黒髪に呟いた。
「・・・・・いや――特に、重要なことではないのだが」
何となく煮え切らない口調と声に、せつらは複雑な気持ちを抱く。
ふと、せつらの胸元が僅かに押された。
それに従うように腕の力を緩めると、俯いたままの冷たい白い姿が一歩後退した。
見下ろすせつらからは、俯くメフィストの表情は見えない。

「あの時――」
流れる黒髪の奥から、ぞくりとする声が聞こえてきた。
「夢盗人の診察の時――せつらは、私のことを自分のものだと云った」
「・・・・」
俯いていた頭が美しい動きで上げられる。
「・・・・その・・・・私は、うれしいと思った――例えその場の勢いであったとしても」
上げられた美しすぎる貌は、ぎこちない笑顔を浮かべていた。
ぎこちなく、純粋な微笑みであった。
「あ・・・・」
その美貌に、せつらの心臓が、トクン――と音を立てる。

「・・・・すまない」
何も言いだせずにいるせつらの様子をどう感じ取ったのか、微笑みは自嘲的なものに変わり、再び俯いてしまった。
「気にしないでくれたまえ。戯言だ」
消え入りそうな声がせつらの耳許に届く。
白い身体は更に一歩後ろへ下がった。
黒衣の胸元に添えられたままであった白い手がゆっくりと離れ、ケープの奥へと仕舞われる。

そのまま立ち尽くす白い美姿を、せつらは不思議な視線で見つめていた。
一歩。
黒影が白姿へ近寄った。
避けるように更に下がろうとした白く細い背中が、木戸にぶつかる。
それを逃さず、黒影はもう一歩踏み込んだ。
「・・・・・っ!」
抵抗しようと、純白のケープを割って美しい手が伸びてきた。
その細い手首を、黒衣を纏う美手が素早く捕らえる。
バン――と若干大きな音を立てながら、せつらはメフィストの頭の横に、捕えた手を押しあてた。
驚愕の表情を浮かべた美貌が上がる。

その黒晶は、聖水に濡れていた。
限りなく透明なそれは、今にも溢れ出すほどに溜まっていた。
せつらは無言のまま、その美貌をメフィストの美貌へ近づける。
瞳は閉じられていた。
「――やっ・・・・」
せつらの意図を読み取ったメフィストが、慌てて抵抗しようとあげかけた声はしかし、そのまま呑み込まれた。

どれほどの時間がたったのか。
せつらは、名残惜しそうにメフィストから離れた。
メフィストの美貌は、恍惚と蕩けている。
「メフィスト」
「・・・・・・?」
メフィストは、せつらの呼びかけにも、すぐには焦点が合わない様子であった。
「寄っていきたまえ」
「・・・・・・え?」
「身体が冷え切っている」
「いや・・・しかし――」
戸惑うメフィストに、先程より幾分か優しい口調で、再度その名を呼んだ。
「メフィスト。云ったはずだよ」
「――?」
「お前は、僕と私――秋せつらのものだ、ってね」
メフィストは目を見開いてせつらの顔を見上げていた。
「そうでしょ?」
小首を傾げて見せるせつらに、戸惑いながらも頷くメフィスト。
「なら、僕の言うことを聞きたまえ」
茫洋とした声に、月のような美貌が苦笑を浮かべた。
「承知した」
そう云って微笑んだメフィストに、せつらの美貌がゆっくりと近づいていった。






555hitを踏んだ かりら様からのリクエスト。
纏めると・・・。
黒白ssで、別キャラを絡ませつつ、「独占欲(支配欲)を伺わせるせつら」――。

ドクターにアタック出来そうな「別キャラ」ってのは、なかなかいないもんです。
と言う事で、今回は烏兎の愛する夢盗人を指名して見ました。
実は最初はツェザ―レも入れようかと思ったのだけど、夢だったのかもしれません。


で。

「独占欲(支配欲)を伺わせるせつら」

そんなせつら、何処に居るんだ?
ヘタレの権化。
どうして、烏兎のせつらは心の底からヘタレるのでしょうか(涙)
独占欲のドの字もない・・・

本当にゴメンナサイ(滝汗)
かりら様っ。リクありがとうございました!!
こんなモノでよかったら、お受け取り下さいませ(汗汗汗)



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